コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

クレーギー クレーギー Craigie, Sir William Alexander

3件 の用語解説(クレーギーの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

クレーギー
クレーギー
Craigie, Sir William Alexander

[生]1867
[没]1957
イギリスの言語学者。『オックスフォード英語辞典』の編者の一人。古英語や北欧神話についての著作が多い。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

クレーギー Craigie, Sir Robert Leslie

1883-1959 イギリスの外交官。
1883年12月6日生まれ。ワシントン駐在代理大使,外務次官補などをへて,昭和12年駐日大使として着任。14年有田外相らと会談し,中国でのイギリスの既得権益の擁護と日英関係の改善につとめた。開戦後の17年帰国。1959年5月16日死去。75歳。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版の解説

クレーギー【Robert Leslie Craigie】

1883‐1959
イギリスの外交官。数々の軍縮交渉で外交手腕を発揮し,1937年A.N.チェンバレン首相により駐日大使に起用された。蘆溝橋事件後の険悪な日英関係の中で対日宥和政策を進言,日本国内の穏健派と連携して日本の独伊枢軸国への接近を防ぎ,日英衝突の回避を図った。宇垣外相,有田外相らと会談し,太平洋戦争の開戦直前まで日英和解に努めたが,その努力も空しく42年交換船で帰国する。有田=クレーギー会談池田 清

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内のクレーギーの言及

【有田=クレーギー会談】より

…陸軍はこの事件を利用して,イギリスの蔣介石援助政策の変更と〈東亜新秩序〉建設への協力を迫った。結局この問題は,東京で有田八郎外相とR.L.クレーギー駐日イギリス大使との会談によって解決がはかられることになった。会談を前に,東京では右翼を中心とする排英運動が展開されたが,その背後には日独伊三国同盟の締結をねらう陸軍の煽動があったとされている。…

※「クレーギー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

クレーギーの関連キーワード外交官グーチマンシー外交家シャトル外交強腰外交弱腰外交稲垣満次郎日置益ワイルマン

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

クレーギーの関連情報