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クレーギー Craigie, Sir William Alexander

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

クレーギー
Craigie, Sir William Alexander

[生]1867
[没]1957
イギリスの言語学者。『オックスフォード英語辞典』の編者の一人。古英語北欧神話についての著作が多い。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

クレーギー Craigie, Sir Robert Leslie

1883-1959 イギリスの外交官。
1883年12月6日生まれ。ワシントン駐在代理大使,外務次官補などをへて,昭和12年駐日大使として着任。14年有田外相らと会談し,中国でのイギリス既得権益擁護日英関係の改善につとめた。開戦後の17年帰国。1959年5月16日死去。75歳。

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世界大百科事典 第2版の解説

クレーギー【Robert Leslie Craigie】

1883‐1959
イギリスの外交官。数々の軍縮交渉で外交手腕を発揮し,1937年A.N.チェンバレン首相により駐日大使に起用された。蘆溝橋事件後の険悪な日英関係の中で対日宥和政策を進言,日本国内の穏健派と連携して日本の独伊枢軸国への接近を防ぎ,日英衝突の回避を図った。宇垣外相,有田外相らと会談し,太平洋戦争の開戦直前まで日英和解に努めたが,その努力も空しく42年交換船で帰国する。有田=クレーギー会談【池田 清】

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367日誕生日大事典の解説

クレーギー

生年月日:1883年12月6日
イギリスの外交官
1959年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

世界大百科事典内のクレーギーの言及

【有田=クレーギー会談】より

…陸軍はこの事件を利用して,イギリスの蔣介石援助政策の変更と〈東亜新秩序〉建設への協力を迫った。結局この問題は,東京で有田八郎外相とR.L.クレーギー駐日イギリス大使との会談によって解決がはかられることになった。会談を前に,東京では右翼を中心とする排英運動が展開されたが,その背後には日独伊三国同盟の締結をねらう陸軍の煽動があったとされている。…

※「クレーギー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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