デンマーク,スウェーデン,ノルウェー,アイスランドなどの北ゲルマン人の間に伝えられた神話。北欧神話の根本資料は《古エッダ》とスノッリ・ストゥルルソンの《エッダ》(エッダ)であるが,これらは完全なものでなく,不一致の点も見られ,首尾一貫した神話の全貌を得ることはむずかしい。また数世紀にわたる成立年代を異にするエッダの歌謡には固有の要素以外にさまざまのものが混入していることが当然考えられる。複雑な時代的社会的背景や外国からの影響を考慮に入れなければならない。ゲルマン人が本来もっていた神話(ゲルマン神話)とわれわれがエッダを資料として推定する北欧神話との間には相当の隔たりがあることは明らかで,容易に解決のつかない問題がたくさん伏在する。一例としてエッダ神話に見られるオーディンの神格の上昇の問題を取り上げると,ここには王権の拡大や戦士の地位の向上という時代背景が入り込んでいると見られるのはもちろんのこと,キリスト教の神との競合という要素をも考えねばならない。個々には複雑な問題が多々あるが,北欧神話の特質に話を絞るならば,北欧神話の特質はギリシア神話と比較するとき明らかになる。北欧神話はギリシア神話の優美軽快な人間味あふれる内容と比べると,まさに対照的といってよいくらい,あくまで豪快かつ悲劇的であり,荒々しくて暗い。北欧神話は北欧の厳しい自然とゲルマン人の深刻な運命観をよく反映しているように思える。それらは世界のはじまりや神々と巨人との対立,世界の終末における神々の滅びにとくによく表れているので,これらを軸にして北欧神話を概観してみよう。
太古には砂もなければ海もなく,冷たい波もなかった。大地もなければ天もなく,奈落の口があるばかりで,まだどこにも草は生えていなかった。奈落の口の南にムスペルスヘイムMúspellsheimrという火焰をあげて燃え上がる国があり,そこをスルトSurtrという者が警護に当たっている。彼は燃えさかる剣を手に持ち,世界の終末(ラグナレク)が近づくと荒し回り,世界を火で焼き尽くすことになる。奈落の口の北側にはニブルヘイムNiflheimrがあり,そこには氷と霜があって毒液の流れが奈落の口に流れ込んでいる。ムスペルスヘイムからの熱風とニブルヘイムの霜とがぶつかると,霜が溶けて滴り,そのしずくが熱を送る者の力によって生命を得,巨人ユミルYmirが誕生する。このユミルから霜の巨人族Jötunnが由来する。ユミルは同じようにしずくから誕生した牝牛の乳に養われる。牝牛が塩辛い霜で覆われた石をなめているうちに人間が出てきた。この人間はブーリBúriといい,ボルBorrという息子を得たが,ボルは巨人の娘を娶り,二人の間に3人の男子が生まれる。オーディン,ビリVili,ベーVéがそれで,アース神族は彼らに由来する。ボルの息子たちは巨人ユミルを殺し,死体を奈落の口に運び,それから大地をつくり,血から海と川と湖を,骨から岩を,髪から木々と草をつくっていった。頭蓋骨を天にし,脳みそをつかんで空中に投げ,雲とした。ある日アース神たちが海岸を歩いていると二つの木を見つけた。彼らはそれを拾い,それから2人の人間をつくり,オーディンは息と生命を,ビリが知恵と運動を,ベーが顔とことばと耳と目を与えた。男はアスクAskr,女はエンブラEmblaと呼ばれ,これから人類が発した。ユミルの肉の中にうごめく蛆虫から神々は小人dvergrをつくった。小人は地中や岩の間に住み,姿は小さく醜いが,鍛冶に長じ,よい武器やみごとな装飾品をつくる。神々はまた妖精alfrたちをつくった。円い大地のまわりは深い海が取り巻いていて,海岸沿いのヨートゥンヘイムとウートガルズに悪い巨人らが住む。アース神たちは大地の内部にユミルのまつげを使って塁壁をつくり,その内部に人間たちは居住地ミズガルズMiðgarðrを得た。アース神たちは地上から天へビルロストBilröstという橋をかけた。虹と呼ばれているのがそれである。ボルの子らはまた天体もつくった。ムスペルスヘイムから飛んでくる火花をとらえ,天空と地上を照らすように奈落の真上の天の中ほどに置いた。太陽と月はおびえるように急ぐ。狼の姿をした2人の巨人がそれを追いかけ飲みこもうとしているからである。アース神族のほかにバン神族がいる。バナヘイムに住み,ことに自然力を支配している。あるときアース神族とバン神族の間に争いが起こり,互いに人質を交換することで和睦を結んだ。
このように北欧神話における世界のはじまりは,神々の前に巨人が存在し,しかも巨人を殺害し,その肉体によって天地がつくられる。肉体をむだなく使って天地をつくりだすさまは,屠殺に慣れた牧畜民の思考をうかがわせる。
世界の真中にあるアースガルズÁsgarðrにアース神たちは住む。そこにはイグドラシルYggdrasillと呼ばれるトネリコの大樹(世界樹)がそびえている。その枝は全世界の上にひろがり天に達する。三つの根はそれぞれ神々と巨人の国とニブルヘイムに達する。巨人国の根の下には知恵の泉があり,神々の国の根の下にも泉があってそこから3人の運命の女神がやってきて人間と神々の運命を定める。神々と巨人族は相争い,その争いはさまざまなエピソードをさしはさみながら展開されるが,ギリシア神話などのように,神々が一方的な力をもつのではなく,巨人族は神々の淵源であり,神々と同じく自分の国をもち,これに対等な戦いを挑む。また,オーディンの槍,トールの槌のような神々の武器は,小人によってつくられる。
オーディンはアース神の中での最高神である。宮殿のバルハラに住み,ここでアース神や,エインヘルヤルと呼ばれる戦場で勇敢に戦死した勇士たちのために祝宴を開く。オーディンは軍神であり,死の神でもあるが,片目を担保にして知恵の泉から一口飲んだため知恵の神でもあり,ルーン文字や魔法を教える。2羽の鴉を遣わして全世界の情報をいながらにして知るため鴉神とも呼ばれる。また巨人の秘蔵の詩人の蜜酒を盗んだため詩の神でもある。オーディンの子トールは神々と人間の守護者で,いつも巨人と戦う。2頭のヤギに引かせた車に乗って空を駆ける。そのときのすさまじい響きを雷鳴と人は呼んでいる。槌と力の帯と鉄の手袋の三つの宝をもち,それは巨人退治になくてはならぬ武器である。トールの豪快な大蛇釣り,むくつけき花嫁に化けての奪われた槌の取り戻し,ウートガルザロキの国での力試しは北欧神話の中でもとくにユーモラスな冒険譚といえる。同じくオーディンの子チュールTýrは,アース神のうちでいちばん勇気のある神である。怪狼フェンリルFenrirをだまして神々が足枷をつけたとき,証しに手をその口の中に突っ込むことのできたのがこの神である。このときチュールは片手首を失った。軍神としてオーディンより古くから崇拝されていたらしい。その名は英語の火曜日Tuesdayに残されている。そのほかに風の動きを支配し海や火を鎮める神ニョルズNjörðr,その子で豊饒と人間の幸福をつかさどる神フレイFreyr,女神フレイヤがいる。女神フリッグFrigg(金曜日Fridayの語源)はオーディンの妻で,二人の間に生まれたのが光の神バルドルである。神々のうちで最も美しく善良で賢いうえに雄弁の神である。あるときバルドルが命にかかわる夢を見たため,フリッグは地上のあらゆるものにバルドルに指一本触れぬことを誓わせた。ところが悪神ロキが誓いをしなかったやどり木を矢に変えて射させ,バルドルを殺させる。このロキは元来は巨人の子なのだが,オーディンと血を混ぜて義兄弟となり,アース神の仲間に入っていた。悪知恵にたけ神々をいつも苦境に陥れるのだが,またはかりごとをもって救い出すのも彼である。彼にはまがまがしい災難を生む3人の子がいる。怪狼フェンリル,ミズガルズの大蛇,死の女神ヘルがそれである。バルドルの殺害を知って激怒した神々はロキを追い,捕らえて岩に縛りつけた。毒蛇をその頭上に,ちょうど毒液が顔に滴るように結んだ。ロキの妻は横に立って桶で毒液を受けるが,いっぱいになった桶を空けに行っている間にロキの顔に毒が滴る。このため猛烈にもがくので大地が震える。これが地震と呼ばれる。ロキはこうして世界の終末まで縛られている。
全世界が人も神々も巨人もすべてラグナレクに滅びることになる。まず多くの前兆と予言がそれを告げる。雄鶏がけたたましくアースガルズでも巨人の国でも鳴きたて,犬が冥府の門で恐ろしく吠える。それから三冬恐ろしい戦いが全世界を襲う。邪悪と暴力が支配し,兄弟同士が戦い,子は父を,父は子を容赦しない。鉾の時代,剣の時代,嵐の時代,狼の時代が続き,その後に恐ろしい冬が到来し,雪はあらゆる方角から降り,霜はひどく風はきつい。太陽はなんの役にも立たない。このような冬が3度もやってくるが,その間に夏は一度もこない。狼どもが太陽と月を飲み込む。星々は天から落ち,大地とありとあらゆる山々は震え,樹々は根こそぎにされ,山々は崩れ,災いをもたらすロキやフェンリルを捕らえていたすべての足枷や緊縛はちぎれる。フェンリル狼は自由の身になり天にまで届くほど大口を開けて目と鼻の穴から火を噴き出しながら神々に向かって肉薄する。ミズガルズの大蛇は激怒して怒濤とともに岸に押し寄せる。北からは死者の軍勢をのせた船がやってくる。東からは神々の敵ムスペルMúspellの軍勢が海原を渡ってやってくる。戦いのどよめきの中で天は裂け,ムスペルスヘイムの番人スルトは太陽よりも明るい剣をきらめかせながらムスペルの子らの先頭に立つ。彼らがビルロストの橋を渡るとき,橋は砕け落ちる。ことここにいたるやヘイムダルは力の限り角笛を吹き,神々を目覚めさせ,神々は集合する。世界樹(イグドラシル)は震える。天も地も恐怖に包まれ,アース神と死せる戦士たちは甲冑に身を固め戦場に進む。美しい甲冑に身を固めたオーディンが先頭を切って進む。相手は怪狼フェンリルだ。トールは大蛇を向こうにまわして戦う。フレイはスルト,チュールは冥府の犬と戦う。ヘイムダルの相手はロキだ。フレイとスルトの間に激しい死闘が繰り広げられ,ついにフレイは倒される。チュールと犬は相打ちに果てる。ヘイムダルもトールも同じく相打ちになる。トールは大蛇を血祭りにあげたが,吹きかけられた毒のため倒れる。狼はオーディンを飲み込む。だが間髪を入れずにその子ビーザルVíðarrが立ち向かい,狼の口を引き裂く。スルトは大地の上に火焰を投げて全世界を焼き尽くす。大地は海に没し,焰と煙は猛威を振るい,火焰は天をなめる。
このような世界の終末における神々と巨人族の壮絶な戦いでは,神々もゲルマンの歴史上の英雄たちと同じように滅びる。ゲルマンの終末論的運命観では,神々も滅びるのであり,ギリシア神話やキリスト教の神に対する考え方と際だった対照をみせている。
凄絶な戦いの後にこの世は滅びたが,その後のことについてはエッダは美しい緑の大地が海中から浮かび上がり,この新しい世界に生き残った神々と人類が住み,バルドルは冥府から戻り,誠実な人びとが永遠に幸福な生活を送ることになるだろうと予言して終わっている。
執筆者:谷口 幸男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
『エッダ』および『スノッリのエッダ』を根本資料とする北ゲルマン人のもっていた神話。厳密には「エッダ神話」という表現をとることもある。ゲルマン神話の全貌(ぜんぼう)は資料を欠くため、つかめないので、北欧神話をもってその概略を理解するほかはない。北欧神話の根本資料は、9~12世紀ごろにつくられた叙事詩『古エッダ』と、アイスランドのスノッリ・スツルソンが著した『スノッリのエッダ』(新エッダ)であるが、それらは内容が不備なうえ、両者間の不一致もみられるため、首尾一貫した統一的な神話の全貌を得ることはむずかしい。したがって主神オーディンの神格の上昇一つを例にとってみても、王権の拡大や戦士の地位の向上という時代背景を考えなければならない。また成立時代がまちまちなエッダ歌謡には、固有の要素以外のものの混入やキリスト教からの影響も考慮しなければならない。このような前提にたって北欧神話の特質を考えてみると、それはあくまで豪快かつ悲劇的であり、荒々しくて暗い。ギリシア神話の優美で軽快な、しかも人間味あふれる内容と比べるとまさに対照的で、北欧の自然とゲルマン人の民族性がよく反映されている。
[谷口幸男]
太古には砂もなければ海もなく、冷たい波もなかった。そして大地もなければ天もなく、奈落(ならく)の口があるばかりで、まだどこにも草は生えていなかった。奈落の口の南には火炎をあげて燃え上がる国ムスペルスヘイムがあり、スルトという者がそこの警護にあたっている。彼は燃え盛る剣を手にし、世界の終末には世界を火で焼き尽くす。
一方、奈落の口の北側には氷と霜の国ニフルヘイムがあり、毒液の流れが奈落の口に注いでいる。ムスペルスヘイムからの熱風と、ニフルヘイムの霜とがぶつかってできた滴が熱を送る者の力によって生命を得、巨人イミルが誕生する。そしてこのイミルから霜の巨人族は由来する。イミルは、同じように滴から誕生した牝牛(めうし)の乳に養われるが、牝牛が塩辛い霜で覆われた石をなめているうちに人間が出てきた。この人間はブーリといって、ボルという息子を得たが、さらにボルは巨人の娘をめとってオーディン、ビリ、ベーの3人の男子をもうけた。アサ神族は彼らから由来する。ボルの息子たちは、巨人イミルを殺してその死体を奈落の口に運び、それから大地を、血からは海と湖と川を、骨からは岩を、髪からは木々と草をつくった。また頭蓋骨(ずがいこつ)を天にし、つかんだ脳みそを空中に投げて雲とした。ある日、このアサ神たちは海岸を歩いていて二つの木をみつけ、それから人間をつくった。オーディンは息と生命を、ビリは知恵と運動を、ベーは顔とことば、耳、目を与えた。男はアスク、女はエムブラとよばれ、これから人類が発生した。
さらに神々は、イミルの肉の中にうごめくウジから小人をつくった。小人は姿は小さく醜いが、地中や岩の間に住み、鍛冶(かじ)に長じてよい武器やみごとな装飾品をつくる。神々はまた妖精(ようせい)たちもつくった。円い大地の周りには深い海が取り巻いており、海岸沿いのヨツンヘイムとウートガルズには悪い巨人が住む。アサ神たちはイミルのまつげを使って大地の内部に塁壁をつくり、その内部に人間たちは居住地を得た。アサ神たちは、地上から天にビルロストという橋を架けたが、虹(にじ)とよばれているのがそれである。ボルの子らはまた天体もつくった。ムスペルスヘイムから飛んでくる火花をとらえ、天空と地上を照らすように、奈落の真上の天の中ほどに置いた。太陽と月がおびえるように急ぐのは、オオカミの姿をした2人の巨人がこれを追いかけ、飲み込もうとしているからである。アサ神族のほかにはバナヘイムに住むバニル神族がおり、ことに自然力を支配している。そしてあるときアサ神族とバニル神族の間に争いが起こるが、互いに人質を差し出すことで和睦(わぼく)を結んだ。
[谷口幸男]
アサ神たちは世界の真ん中にあるアースガルズに住む。そこにはイグドラシルというトネリコの大樹がそびえており、その枝は全世界の上に広がって天に達し、また三つの根がそれぞれ神々と巨人の国とニフルヘイムに達する。巨人国の根の下には知恵の泉があるが、神々の国の根の下にも泉があり、そこに住む3人の運命の女神が人間と神々の運命を定める。アサ神のなかの最高神オーディンはワルハラに住み、そこでアサ神やエインヘルヤルとよばれる戦死者のために祝宴を開く。またオーディンは軍神であり、死の神でもあるが、片方の目を担保に知恵の泉の水を飲んだため知恵の神でもあり、文字や魔法を教える。そして巨人から秘蔵の詩人の蜜(みつ)酒を盗んだため、詩の神でもある。神々と人間の守護者でいつも巨人と戦うトールは、2頭のヤギに引かせた車に乗って空を駆けるが、人はそのときのすさまじい響きを雷鳴とよんでいる。トールのもつ槌(つち)と力帯、鉄の手袋の三つの宝は、巨人退治になくてはならない武器である。アサ神のうちでいちばん勇気のある神チュールは、神々が怪狼(かいろう)フェンリルをだまして足枷(あしかせ)をつけたとき、保証としてオオカミの口中に自分の手を突っ込んで片方の手を失った。
そのほかに風の動きを支配する神ニョルドや、豊饒(ほうじょう)と人間の幸福をつかさどるニョルドの子フレイ、女神フリッグなど神々は多いが、逸することのできないのが光の神バルドルである。バルドルはオーディンとフリッグの子で、神々のうちもっとも美しく、また善良で賢いうえに雄弁の神とされた。あるとき、バルドルの生命にかかわる夢をみた母フリッグは、地上のあらゆるものにバルドルに指1本触れないことを誓わせる。ところが悪神ロキは、誓いをしなかったヤドリギを矢に変えて弟のホズルに射させ、バルドルを殺してしまう。もとは巨人の生まれであったが、アサ神族の仲間に入ったロキは悪知恵にたけ、まがまがしい災難を生む怪狼フェンリル、ミドガルドの大蛇、死の女神ヘルの3人の子をもつ。そのためバルドル殺害を知って激怒した神々は、ロキを捕らえて世界の終末まで岩に縛り付けた。
[谷口幸男]
全世界、つまり人も神々も巨人もすべてがラグナレクに滅びることになる。まず多くの予言と不吉な前兆があり、恐ろしい冬が三度も続いて到来し、オオカミどもが太陽と月を飲み込む。星々は天から落ち、大地と山々は震え、木々は根こそぎとなって山は崩れ、すべての足枷といましめが解かれる。怪狼フェンリルは自由の身となり、天にまで届く大口を開けて目と鼻から火を噴き出し、肉迫する。ミドガルドの大蛇は怒濤(どとう)とともに陸に押し寄せ、北からは死者の軍勢を乗せた船がやってきて、東からはムスペルスヘイムの軍勢が海原を渡ってくる。戦(いくさ)のどよめきのなかで天は裂け、剣をきらめかせたスルトがその軍勢の先頭にたつが、彼らがビルロストの橋を渡ると橋は砕け落ちる。ヘイムダルはここに至ると、力の限り角笛(つのぶえ)を吹いて神々全員を目覚めさせ、神々は集合する。世界樹は震え、天も地も恐怖に包まれ、アサ神と死せる戦士たちは甲冑(かっちゅう)に身を固めて戦場に進む。黄金の兜(かぶと)をいただき槍(やり)を手にしたオーディンは、先頭を切って進み怪狼フェンリルと、トールは大蛇を相手に、フレイはスルト、ヘイムダルはロキと、チュールは冥府(めいふ)のイヌとそれぞれ戦う。死闘のすえフレイはスルトに倒され、チュールとイヌは相討ちで果てる。ヘイムダルとトールも同じく相討ちとなるが、トールは大蛇を血祭りにあげたものの吹きかけられた毒のために倒れる。オオカミはオーディンを飲み込むが、間髪を入れずその子ビーザルがオオカミの口を引き裂く。スルトが大地の上に火炎を投げて全世界を焼き尽くすと、大地は海に没し、炎と煙は猛威を奮い、火炎が天をなめる。凄絶(せいぜつ)な戦いののちにこの世は滅びるが、『エッダ』ではそのあとのことについて、海中から美しい緑の大地が浮かび上がり、その新しい世界には生き残った神々と人類が住み、永遠に幸福な生活を送ることになるであろう、と巫女(みこ)が予言するところで終わっている。
[谷口幸男]
『谷口幸男訳『エッダ――古代北欧歌謡集』(1973・新潮社)』▽『フォルケ・ストレム著、菅原邦城訳『古代北欧の宗教と神話』(1982・人文書院)』
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