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ゲーツケル

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百科事典マイペディアの解説

ゲーツケル

英国の政治家。1945年労働党下院議員となり,燃料動力相,経済相,蔵相を歴任,重要産業の国有化を推進した。経済通で党内右派に属し,1955年アトリーの跡を継いで党首となったが,1959年の総選挙で敗れ,政権を樹立することなく急死。

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世界大百科事典 第2版の解説

ゲーツケル【Hugh Todd Naylor Gaitskell】

1906‐63
イギリス労働党党首。ゲイツケルとも呼ぶ。オックスフォード大学に学び,最初経済学者として出発したが,1945年の総選挙で下院議員に初当選し,50年に44歳の若さでアトリー労働党内閣の蔵相となった。51年につづいて,55年の総選挙で労働党が保守党に敗れたのち,アトリーの後を継いで党首に選ばれたが,59年の総選挙で,三たび保守党に敗れた。その間一貫して労働党の現代的再生のために尽力したが,次の総選挙での勝利を目前にしながら,63年1月急逝した。

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世界大百科事典内のゲーツケルの言及

【保守党】より

…戦時連立で労働党との政策的共通性や相互了解が強まっていたのを背景に,H.マクミラン,R.A.バトラーらを中心に〈ディズレーリ伝統〉に依拠する基本政策の刷新と,党組織の民主化,近代化が進められる。この結果,ケインズ流の混合経済主義を基調に,のちに〈バッケリズムButskellism〉(それぞれ蔵相の経験をもつ保守党のバトラーと労働党のH.T.N.ゲーツケルの名の合成語に由来する)と呼ばれるようになる福祉主義的国家運営の面における,労働党との収れん現象が生まれた。その後労働党の内部抗争の激化や全般的な経済繁栄に支えられ,50年代前半の最盛時には280万人に達した党員を背景に,51年以降13年間に及ぶ長期政権期に入った。…

【労働党】より

… つづく野党時代には左右対立が激化した。大組合のブロック票に支持された党首H.T.N.ゲーツケルは,地方支部に基盤をもつA.ベバン派からの,福祉と再軍備をめぐる数度の挑戦を退けたが,他方,階級政党としての党の体質を改めるため社会主義綱領(第4条)を廃棄しようとした彼の試みは組合の反対で敗れた。63年新党首に就任したウィルソンJames Harold Wilson(1916‐95)は新産業技術重視の近代化ビジョンを掲げ,64年,労働党を政権に復帰させた。…

※「ゲーツケル」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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