改訂新版 世界大百科事典 「コンデ親王ルイ2世」の意味・わかりやすい解説
コンデ親王ルイ[2世] (コンデしんのうルイ)
Louis Ⅱ, Prince de Condé
生没年:1621-86
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…これを機に一挙に反マザラン運動は高まりをみせ,パリの民衆は28日まで街中のいたるところにバリケードを築くとともに王宮を包囲し(バリケードの日事件),ブルーセルを釈放させた。後退したマザランは,10月念願の三十年戦争の終結を実現すると,ひそかにロクロア決戦の勝者コンデ親王ルイ2世と結び,49年1月,国王一家を脱出させて,その配下の軍隊をもってパリを包囲した。この情勢に加えて,イギリスのチャールズ1世処刑の知らせに動揺した高等法院は結局,3月リュエイユの和約を結んで妥協した。…
※「コンデ親王ルイ2世」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...