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スラーンスキー

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百科事典マイペディアの解説

スラーンスキー

チェコスロバキア共産党指導者。スロバキア出身。1921年から中央委員の任にあり,第2次世界大戦中は対独パルチザン戦を指導,戦後党書記長に就任して1948年の政変に参加するが,1951年,党のスターリン主義的粛清で逮捕され,1952年,チトー主義民族主義シオニズム等の罪状で処刑される。

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世界大百科事典 第2版の解説

スラーンスキー【Rudolf Slánský】

1901‐52
チェコスロバキア共産党の指導者の一人。スロバキア地方出身。創立時の1921年から党中央委員をつとめ,第2次世界大戦中には対独パルチザン蜂起で活躍する。戦後党書記長に就任し,48年2月の政変に参加した。だが51年,スターリン主義による党の粛清で逮捕された。彼はチトー主義,スロバキア民族主義,シオニズムその他の罪状で死刑を宣告され,翌52年処刑された。63年,最高裁が判決を無効としたため,彼の名誉は回復された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

スラーンスキー
すらーんすきー
Rudolf Slnsk
(1901―1952)

チェコスロバキアの政治家。スロバキアのユダヤ人家族出身。1921年の共産党創設時に党員となり、1927年に党中央委員、1935年に国会議員となった。1944年のスロバキア反独蜂起(ほうき)に参加、第二次世界大戦後党書記長となり、1948年の二月政変に重要な役割を果たし、副首相にもなった。1951年に逮捕され、チトー主義者、シオニストとしてスパイ活動を続けていたと「自白」、死刑宣告を受け、1952年に処刑された。1963年に名誉回復され、1968年には党籍が返された。[木戸 蓊]

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