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ダグラス家 ダグラスけDouglas

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ダグラス家
ダグラスけ
Douglas

スコットランドの貴族の家系。代々スコットランド王に仕え,ロバート1世ブルースの功臣ジェームズ・ダグラス (1286頃~1330) を経て,1358年ウィリアム・ダグラス (27頃~84) が初代ダグラス伯を授けられた。その子の2代伯ジェームズ (58頃~88) は,88年8月オッターバーンの戦いでイングランド軍を破り,H.パーシーを捕虜にしたが,みずからは戦死。ジェームズ・ダグラスの庶子アーチボルド (28頃~1400頃) が3代伯となり,その子の4代伯アーチボルド (1369頃~1424) は,1423年フランスに渡り,フランスのトゥーレーヌ公に叙せられたが,翌年イングランド軍と戦って敗死。その子の5代伯アーチボルド (1391?~1439) も,21年フランス側についてイングランドと戦い,37年摂政の一人になった。その子の6代伯ウィリアム (23?~40) は,弟とともに国王ジェームズ2世からエディンバラ城に招かれ,宴会のあとで斬殺された。6代伯に子がなく,7代伯は3代伯の子ジェームズ (1371?~1443) に継承されたが,その子の8代伯ウィリアム (25?~52) と9代伯ジェームズ (26~88) はダグラス反乱に関係し,9代伯が敗れた 55年に伯爵位は没収された。これより先,1389年初代ダグラス伯の庶子ジョージ (1380?~1403) が初代アンガス伯に叙せられたが,4代アンガス伯ジョージ (12?~62) は,ダグラス反乱でジェームズ2世を助けたため,ダグラス家の所領の多くを手に入れた。 11代アンガス伯ウィリアム (1589~1660) は,1633年初代ダグラス侯に叙せられ,39年イングランドにおもむいてチャールズ1世を助けたが,45年にはモントローズ伯に味方して王に抗した。その長男ウィリアム (35~94) は3代ハミルトン公としてハミルトン (侯・公家) を継承。3代ハミルトン侯アーチボルド (94~1761) は,1703年ダグラス公に叙せられたが,公爵位は彼1代で終った。彼は妹ジェーン (1698~1753) の結婚を認めず,義絶した。そのため,彼の死後ダグラス侯とアンガス伯の位は7代ハミルトン公ジェームズが継いだが,所領の相続をめぐってジェーンの子アーチボルド (48~1827) とハミルトン公の間に訴訟が起り,71年アーチボルドが勝訴し,90年ダグラス男爵になった。しかし,1857年その家系もとだえた。他にモートン伯家,クイーンズベリー (伯・公家) も一族。

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