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ダラム報告 ダラムほうこくDurham's Report

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ダラム報告
ダラムほうこく
Durham's Report

正式には『イギリス領北アメリカ問題に関するダラム卿の報告書』 Lord Durham's Report on the Affairs of British North Americaといい,1839年イギリスで2巻本として刊行された。これは 37年にアッパーカナダローアーカナダで起った反乱の調査のため,38年イギリス領北アメリカ植民地総督として派遣された J.G.L.ダラム (伯) が著わしたもので,カナダ史上最も重要な文献の一つである。ダラムは,約5ヵ月北アメリカにあったがその間精力的に人と会い,旅行し,このすぐれた報告書を書上げた。この報告書の意義は,結論としてあげられた3つの勧告にあるといわれる。すなわちイギリス政府に対し,カナダに責任政府を認めること,イギリス本国は植民地に属する事柄に干渉しないこと,アッパーおよびローアーカナダを統合し,フランス系カナダ人をイギリス系カナダ人に同化吸収させることを勧告した。イギリス政府は彼の報告に基づき,40年の連合法により両カナダを統合し,48年には責任政府を実現させたが,フランス系カナダ人の同化吸収にはついに成功しなかった。

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世界大百科事典 第2版の解説

ダラムほうこく【ダラム報告 Durham Report】

1839年,ダラム伯ジョン・ジョージ・ラムトン(1792‐1840)が,イギリス議会へ提出した《イギリス領北アメリカの情勢に関する報告書》(全2巻)の通称。1837年イギリス領北アメリカ植民地のアッパーおよびロワー・カナダでは,政治の民主化を求める反乱が勃発した。これには1820年代以来の改革要求という背景があり,とくにフランス系カナダ人の住むロワー・カナダでは,統治者イギリス人に対する民族抗争の面も含んでいた。

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世界大百科事典内のダラム報告の言及

【ガルノー】より

…フランス系カナダの歴史家。フランス系移住民を〈歴史と文学を持たざる民族〉と断じた当時のイギリス領北アメリカ総督の手になる《ダラム報告》(1838)に発奮し,ケベック社会史の古典的名著と今なお目される大部の《カナダの歴史》3巻(1845‐48)を著した。ほかに旅行記や詩集など。…

【ケベック[州]】より

…支配者階層がイギリス人もしくはイギリス系カナダ人であったので,この運動は同時にフランス系対イギリス系の民族抗争であった点が特徴的であった。1837年L.J.パピノーの反乱は,フランス系カナダ人の同化吸収こそ問題解決の鍵の一つである,とする〈ダラム報告〉を生む結果となり,41年に成立した連合カナダ植民地で,かつてのロワー・カナダはカナダ東部に編成される。しかし,この結果フランス系カナダ人の〈生存〉意識は強化され,67年カナダ自治領成立に際して,カナダ東部はケベック州として参加するに当たり,フランス語の使用をはじめとする既得権が保証された。…

※「ダラム報告」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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