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チョクロアミノト チョクロアミノト Cokroaminoto, Umar Said

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

チョクロアミノト
チョクロアミノト
Cokroaminoto, Umar Said

[生]1882.8.16.
[没]1935.12.17. ジョクジャカルタ
インドネシア民族主義運動の指導者。サレカット・イスラム (イスラム同盟) の創立者の一人で,初期の党首。オランダ語教育を受けたジャワ知識人の多くが彼の雄弁により入党した。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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世界大百科事典 第2版の解説

チョクロアミノト【Umar Said Cokroaminoto】

1882‐1934
インドネシアのイスラム同盟の指導者。ジャワの地方上級貴族の家に生まれ,官吏養成学校を卒業後官吏になったが,官界の退廃に耐ええず約3年で官を辞した。1912年スラバヤの商社スティヤ・ウサハの設立に参画し,同社が発行する日刊紙《ウトゥサン・ヒンディア》の編集長になった。同年8月以後,終生イスラム同盟の中心指導者として活躍した。1910年代のイスラム同盟の発展は彼のカリスマ的権威と政治的才能に負うところが大きい。

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All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内のチョクロアミノトの言及

【イスラム同盟】より

…当初は相互扶助団体の性格が強かったが,間もなく人民の不平不満の解決や協同組合設立の促進など,広く人民の社会経済的利益を代表するようになり,16年ころからは活発な政治活動も行うようになった。中央指導部や一部の地方組織はチョクロアミノトなど貴族出自で洋式教育を受けた在野の知識人に指導されたが,全体としてはさまざまな性格の地方組織の寄合世帯で,西洋近代的進歩,土着的相互扶助,イスラムの三つの価値観が並立していた。18‐20年の民族運動の高揚において中心的役割を担い,独立や社会主義を掲げるにいたった。…

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