ツルニャンスキ(その他表記)Miroš Crnjanski

改訂新版 世界大百科事典 「ツルニャンスキ」の意味・わかりやすい解説

ツルニャンスキ
Miroš Crnjanski
生没年:1893-1970

ユーゴスラビア文学者ボイボディナの生れ。ウィーンベオグラードに学ぶ。アンドリッチらと第1次大戦後の新文学を主導,《イターキ島抒情詩集》(1920)は記念碑的作品となった。戦中・戦後は勤務地のロンドンで亡命生活を余儀なくされ,1965年に帰国。1962年,セルビア人運命を描いた大河小説《移住者》を30年ぶりに完成,71年には一ロシア人にみずからの孤独な日々を託した長編《ロンドン物語》を発表した。
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関連語 一生 田中

世界大百科事典(旧版)内のツルニャンスキの言及

【ユーゴスラビア】より

…またナゾルとコバチッチIvan Goran Kovačić(1913-43)はパルチザン戦争に身を投じて自己改革を行ったユニークな詩人である。戦前のベオグラードでは,詩人ツルニャンスキダビチョらが表現主義から超現実主義風の作品を発表する一方,ヌシッチは風刺で現実を笑殺した。
[第2次大戦後の文学]
第2次大戦後の社会主義期には,マケドニア語が詩人コネスキらの努力で文語として確立し,K.ミラディノフやラツィンKočo Racin(1908-43)の伝統を継いで,ヤネフスキSlavko Janevski(1920- ),ウロシェビッチVlada Urošević(1934- )らが輩出し,詩壇に新風を吹き込んだ。…

※「ツルニャンスキ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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