テルモピュライの戦(読み)テルモピュライのたたかい

世界大百科事典 第2版の解説

前480年,第2回ペルシア戦争における史上有名な合戦。北ギリシアを南下進撃してくるペルシア軍に対してギリシア連合軍は,海軍アルテミシオンに,地上軍を隘路(あいろ)テルモピュライThermopylaiに配置して,これを第1次防衛線とした。テルモピュライ守備についたスパルタ王レオニダス麾下(きか)の連合軍は海軍と呼応してよくクセルクセス1世前進を阻止したが,ついに攻勢に出たペルシア軍との間に3日間にわたる死闘が展開された。

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世界大百科事典内のテルモピュライの戦の言及

【ペルシア戦争】より

…近年発見された〈テミストクレス決議碑文〉は連合軍のアルテミシオン出動以前に,アテナイが住民の全員国外退去を決定していたことを教えている。テルモピュライの玉砕(テルモピュライの戦)で第1次防衛線は崩壊し,連合軍海上部隊はサラミスに集結して待機し,アクロポリスをはじめアッティカの土地がペルシア軍により荒廃に帰されるのを傍観した。しかし,テミストクレスの計略にかかってペルシア船隊がサラミス水道に侵入し,この歴史的海戦(サラミスの海戦)でペルシア船隊は敗退した。…

【レオニダス】より

…第2回ペルシア戦争においてギリシア側はテルモピュライとアルテミシオン沖を結ぶ線を第1次防衛線とした。彼はギリシア連合軍を率いてテルモピュライに布陣し,戦いは3日にわたったが,ペルシア軍が間道を迂回してギリシア陣を挟撃すると勝敗は決した(テルモピュライの戦)。レオニダスは主力を撤退させ,スパルタ人精鋭300人,テーバイ軍などとともに踏みとどまって戦死,長く英雄としてたたえられた。…

※「テルモピュライの戦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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