トロア条約(読み)とろあじょうやく

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

トロア条約
とろあじょうやく

百年戦争の後期、1420年5月にイギリス王ヘンリー5世がフランス王シャルル6世(実際には王妃イサベラとブルゴーニュ公フィリップ)とフランスのトロアTroyesにおいて締結した講和条約。これにより、フランス王太子は王位継承権を失い、フランス王国を婚資とする王女カトリーヌとヘンリー5世の結婚が取り決められた。これは、両者の間に生まれた王子が英仏両国の王位を兼ねる二重王国の実現を意図したものである。なお、この場合両国は固有の諸制度を引き続き保持するとされた。その後、ヘンリー5世とシャルル6世が相次いで死に(1422年8月と10月)、新王ヘンリー6世が戴冠(たいかん)して二重王国実現の条件は整ったものの、イギリス王の支配領域はフランスの一部にすぎず、やがてジャンヌ・ダルクの活躍でシャルル7世が王位についた(1429)ため、この条約は死文化するに至った。[松垣 裕]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典内のトロア条約の言及

【トロア】より

…大市は13世紀に繁栄の頂点に達したが,14世紀に入ると,イタリアとフランドル,イングランドとを直接結ぶ海上交通の発達,百年戦争の勃発などにより急速に没落した。百年戦争中には,イギリス国王ヘンリー5世にフランス王位継承権を認めた〈トロア条約Traité de Troyes〉(1420)がこの地で締結された。旧市街には教会や古い木骨造の家屋などが数多く残っている。…

【百年戦争】より

…新ブルゴーニュ公フィリップ(善良公)は,ここにイギリス,フランス両王家の和平を斡旋し(1420。トロア条約),1422年,イギリス,フランス両王の死去にともない,ヘンリー5世とフランス王女カトリーヌとの子,当年当歳のヘンリー6世が〈イングランドとフランスの王〉を称した。イギリス・フランス連合王家の成立である。…

【ヘンリー[5世]】より

…略奪および身代金目当ての在来型長征,遭遇戦戦術をやめ,攻城戦により約2年で征服を完了,植民に着手する。フランスの内紛に乗じブルゴーニュ公,フランス王妃と結びトロア条約(1420)によりフランス王女と婚約,摂政・王位継承権者となる。南に逃れたフランス太子との戦争継続中に病没した。…

※「トロア条約」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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