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トールベッケ Thorbecke, Johan Rudolf

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

トールベッケ
Thorbecke, Johan Rudolf

[生]1798.1.14. ズウォレ
[没]1872.6.5. ハーグ
オランダの法学者,政治家。ドイツ,ベルギー,オランダの各大学で講師をつとめ,ドイツの歴史法学派の創始者 F.サビニーの影響を受けた。立憲君主制を導入した 1848年のオランダ憲法を主として起草,49年自由党党首として組閣,49~53,62~66,71~72年首相をつとめた。自由貿易の促進,物品税の廃止,運河や水路の建設などに尽力,学校論争では,教区学校に国庫援助を要求する保守自由派やカトリック派に反対して,教派によらない「中立の」学校制を支持した。オランダ領東インド (現インドネシアとニューギニア) の奴隷制を廃したが,現地農業収奪の機構は温存した。デレフトに工芸学校を,中流階層に中等教育を広めるために市民高等学校を創立した。その死後自由党は分裂,教派政党に政権を譲った。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

トールベッケ
とーるべっけ
Johan Rudolf Thorbecke
(1798―1872)

オランダの政治家。ズウォレに生まれる。オランダを立憲王制に変えた1848年憲法の起草者の一人で、自由党の党首。3次にわたって内閣を組閣(1849~1853、1862~1866、1871~1872)、首相として選挙制度の改革、自由主義貿易の推進、新運河と水路の開発に貢献した。とくに学校教育の充実を図り、保守自由主義派とカトリックに対立し、「中立」の学校を設けた。デルフトに工芸学校を建て、また、中産階級のために新しい形の中学校を設立した。さらに、オランダ領東インドの植民地における奴隷制度を廃止した。こうした積極政策は国王ウィレム3世Willem (在位1849~1890)に敵視され、彼の死後、自由党は進歩派と保守派との内部対立に苦しむことになる。[磯見辰典]

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