オランダ西部、ゾイト・ホラント州西部の都市。人口9万6180(2001)。ハーグとロッテルダムの中間にあり、スヒー川が市内を貫流する。デルフト焼で有名な陶器をはじめ、薬品、たばこ、食品などの工業が立地する。町は1075年に建設され、1246年に都市権を獲得、16世紀末より陶器業が発達し、17~18世紀にその最盛期を迎えた。その後一時衰退したが、20世紀に入り近代技術による陶器生産が復活している。またロッテルダムが台頭する16世紀までは重要な商業中心地でもあった。旧市街は四角形の堀で囲われ、ゴシック様式の旧教会と新教会、ルネサンス様式の市庁舎、オラニエ家皇太子の宮殿で1584年にウィレム沈黙公が暗殺されたプリンセンホフなど歴史的建築物を有し、観光客が多い。国際法学者グロティウスや17世紀の画家ヤン・フェルメールの生地で、フェルメールの風景画『デルフトの眺望』は有名。工科大学の所在地。
[長谷川孝治]
オランダ西部,南ホラント州の都市。人口9万5379(2007)。金属・電機・電子工業を中心とした工業都市。工科大学(1842創立)がある。都市として成立したのは1246年。17~18世紀の共和国時代にはホラント州の六大都市の一つとして栄え,東インド貿易をはじめ海上貿易が盛んであった。オランダ建国の父オラニエ公ウィレム1世が市内の聖アガタ修道院(現,市立博物館)に住んでいたことから,デルフトは〈公爵の都〉とよばれるようになった。市の中心部にある新教会(1384-1496)は歴代のオラニエ公家や現在のオランダ王室の墓所になっている。市内には旧東門をはじめ古い建物が多く,フェルメールの名画《デルフトの風景》で往時をしのぶこともできる。17世紀には製陶業が市の重要な工業となり,デルフト陶器はオランダを代表する陶器となった。国際法の父グロティウスはこの市の生れである。
執筆者:佐藤 弘幸
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…西正面に接して単独で高くそびえ立つ同大聖堂の塔(1382完成)は多くの追随を生み,以後,塔はオランダ建築の特徴の一つとなった。14世紀にはハレンキルヘがドイツから伝わり,また煉瓦を主建材とし木造円筒ボールトを備えたフランドル・ゴシック式教会堂が北海沿岸地域に広く普及した(デルフトの旧教会など)が,同世紀後半からは石材を用いたより大規模なブラバント・ゴシック建築が優位を占め,15世紀にはいっていっそうの発展を見せる(ス・ヘルトーヘンボスの聖ヤン教会ほか)。ゴシックの伝統は教会堂建築において以後も長らく保たれ,その超克には17世紀の到来を待たねばならなかった。…
※「デルフト」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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