ミドルクラスmiddle classの訳語であり,学術的正確さに欠けるうらみはあるが,中間階級,中間層といった用語と互換的に使われることがある。古くは18世紀フランスにおいて支配階級であった貴族,僧侶に対する〈第三身分〉として,新興の都市商工業者を指すのに用いられた。これら商工自営業主層および自営農民は今日旧中産階級と呼ばれる。被雇用者であるホワイトカラー労働者を指して新中産(中間)階級と呼ぶ用語法が生まれたためである。この新中産階級(正確には新中間身分neuer Mittelstand)という呼称は,1926年にE.レーデラーとJ.マルシャクが用いて以来,一般化した。
ところで古典的マルクス主義の社会階級論に従えば,旧中産階級は資本家階級か労働者階級かのいずれかに二極分解するものとみなされていた。この点に最初に実証的な反論を加えたのがE.ベルンシュタインである。それはK.カウツキーとの間でたたかわされた〈修正主義〉論争のひとつのテーマとなった。現在もこれら小零細自営業をめぐって成長,存続,衰退という三つの見方が競合しているが,歴史的事実として衰退仮説は今日までのところ妥当しない。1970年代末葉になって,西側先進資本主義国はこぞってスモール・ビジネスの重要さを強調し,その育成政策を重視しはじめた。
他方,新中産(中間)階級と呼ばれてきたホワイトカラー労働者は,とりわけ第2次大戦後になって目だって増加した。日本でも1970年代後半に入って,その数がブルーカラー労働者を上回った。とくに中間管理職,研究開発技術者の増加が著しい。しかし営業・販売部門を中心とする大卒者の〈現場〉配置,ME革命と呼ばれる技術革新の進展(オフィスの工場化)は,これらホワイトカラー労働者の地位と仕事内容を従前に比して相対的に低下させつつあるという見方が提出されている。それは,ホワイトカラーの〈相対的価値剝奪relative deprivation〉と呼ばれる。この動きと関連して見落とせない現象に,ブルーカラー労働者のブルジョア化(ミドルクラス化)がある。それは,第2次大戦後の資本主義社会の未曾有の繁栄によってもたらされた。職工間身分格差の撤廃,実質賃金と生活水準の上昇,教育水準の高度化,仕事内容の知識集約化などがその促進要因とされる。日本の場合,ブルーカラー労働者の社会階層帰属意識は,高度成長期を通じて〈中流意識〉の比重を高めてきた。ブルーカラー労働者に伝統的な〈階級意識〉--その内容は,社会構造についての二項対立的イメージ,〈奴らと俺たち〉意識,従前のライフスタイルの維持,集団的連帯と集合主義的な問題解決行動,労働者政党への半ば無条件の支持感情などによって特徴づけられる--は,それと並行して希薄なものとなってきた。むしろ彼らは,中産階級に特徴的とされる社会意識の性格--その内容は,社会構造を連続的ヒエラルヒーとしてとらえる見方,自助努力によるそのヒエラルヒーの上昇,生活水準やライフスタイルの漸進的改善,個人主義的な問題解決行動などによって特色づけられる--を,すでに部分的に内面化しているとみることができる。
→産業社会
執筆者:稲上 毅
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
中間層middle classを構成する雑多な階層の一つで、おもに旧中間層からなり、部分的には新中間層の上層部分をも含む。歴史的には、中世の支配階級(貴族、僧侶(そうりょ))に対する第三身分として台頭した新興の都市商工業者および自営業者をさすが、資本主義の成立・発展に伴い資本と労働という二大階級への両極分解の過程で不安定な状態に置かれ、分解しきれずに停滞する中小企業主、小商人、自営農民などの、伝統的生産手段を所有し、それによって生計をたてる小市民層または自営業者層のうちの比較的に安定した部分をいう。イギリスではこの層は、資本主義体制下でこれに収奪されながらも依存・吸着し、社会的に定着してきたが、その生活が資産を基盤にしていたため相対的に安定し、イギリスの社会構造や民主政治(それも保守政治)を支えるバックボーンとして機能し、それにふさわしい生活様式や生活態度を保持してきた。しかし今日では、上からの資本や権力による圧力、下からの労働運動による圧力を受けて窮地にたたされ、かつての安定とゆとりに培われたプライドを喪失しつつあるといわれる。
一般に中産階級という場合には、(労資または上下)両極に対立し対抗する階級関係にあって、上下いずれの両極にも分化・分解を遂げずに残存し停滞する中間部分をいい、土地所有者、金利生活者、自営農民、商工業自営業者または手工業者および自営の専門職従事者(医師、弁護士など)からなる。これらの人々は生産手段または営業手段その他の個人資産をもち、資本家のように他人の労働を大々的に搾取するのでも、労働者のように他人に雇われて搾取を受けるのでもなく、また個人資産の保有と運用によってそれ相応の収入を獲得し、極端に豊かでも極端に貧乏でもなく、いざという場合の蓄えをもった安定した生活とゆとりある生活感覚をもち、勤労と自立の気風を保持する。したがって、その精神構造は個人主義的で現状維持的であり、資本と労働に挟まれながら両者の緩衝器として作用し、上からの没落と下からの上昇の流れが合流するプールとして、体制の維持・安定に役だつが、それ自身体制を変革し歴史を動かす主体的推進力たりえず、体制に順応していく傾向が強い。なお、近時、産業の巨大化、組織の官僚制化に伴い、その管理の任にあたる経営者・管理者が登場したが、その中間レベルの人々は、高い従業上の地位に見合う高収入と生活安定のゆえに、他の新中間層から区別されて中産階級に含められ、自らもそのような意識をもつようになっている。
[濱嶋 朗]
『ミルズ著、杉政孝訳『ホワイト・カラー』(1957・創元社)』▽『大河内一男著『日本的中産階級』(1960・文芸春秋新社)』▽『富永健一編『日本の階層構造』(1979・東京大学出版会)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…ロイスダールの広大な空,レンブラントの深い闇,カラバッジョの暗黒,ルーベンスのふるえるアトモスフィア,ベラスケスの深奥的構図は,共通の世界感情から生じたものである。 第2に,16世紀末にすでに進行しつつあったヨーロッパの絶対主義化が17世紀に完了し,オランダの独立をも含め,ヨーロッパ諸国の独立性が確立され,絶対主義を成立せしめた要素(王権の強化,中産階級の成立,国民性の自覚)が,ときに国家的,ときに民衆的,市民的レベルで独自の文化の成立を要求したことがあげられる。このようにして,スペイン,フランスの主権の栄光をたたえるために,豪華壮大な権力的芸術が成立する一方,社会のより低い階層を代表するリアリズムを生み出すことになった。…
…こうした意識の側面を重視して定義すれば,労働者は〈雇用者〉よりも限定されよう。労働運動の世界では一般に労働者とは,彼らを搾取し支配する資本の陣営に共同して対抗しようとする意識性を担う集団であり,資本主義社会に支配的な価値観にともすればなじみやすい上層ホワイトカラーを含む〈中産階級〉のそれとは異なる,独自的な生きざまを示す階層のことである。【熊沢 誠】
[労働法における労働者]
労働法における労働者と一口にいっても,それは個々の法令により違いがある。…
※「中産階級」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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