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パリッシー パリッシーPalissy, Bernard

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

パリッシー
Palissy, Bernard

[生]1510. アジャン
[没]1589. パリ
フランスの陶工。最初はステンドグラスの絵付け職人。 1539年から十数年間製陶術と色釉を研究,自然や動植物の姿を浮彫風に配置し,鮮かな色釉をかけて豊麗な効果を出すことに成功,ラスティック・ファイアンスを作り出した。またユグノー派のプロテスタントとして投獄されたが,65年に陶芸の技術を認められ,パリのルーブル近くに住んでフランスの国王やカテリーヌ・ド・メディチのために製作。 75年以降パリで博物学の公開講義を行い,その成果を"Discours admirables"として 80年に出版した。 88年に宗教上の理由で再投獄され,バスティーユ牢獄で獄死。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

パリッシー
ぱりっしー
Bernard Palissy
(1510ころ―1590)

フランスの陶匠、自然科学者。フランス南西部の一寒村に屋根瓦(やねがわら)職人の子として生まれる。少年期より測量術、彫刻、ステンドグラス製法などを習得。初めはステンドグラス職人として身をたてていたが、友人に見せられた白い陶器に触発されて陶工を志し、16年間独学で研究の結果、1545年、ついにパリッシー焼といわれる「田園器物」figurine rustiqueを完成した。これは白色の器胎に実物から型取りしたヘビやトカゲ、カエルなどの野辺の小動物や人物を高浮彫りして施釉(せゆう)したグロテスクな大皿が主で、これにより一躍名声を博した。のちアン・ド・モンモランシーAnne de Montmorency(1492―1567)将軍やカトリーヌ・ド・メディシスら王侯貴族の庇護(ひご)を受けるようになり、1567年にはチュイルリー宮に迎えられて、「国王御用田園器物始祖」の称号を与えられた。また、地質学ほかについての一連の学術講演を行い、著作に『確実な道』(1563)、『自然賞賛論』(1580)などがある。生涯、新教徒(ユグノー)であったため、1589年に投獄され、バスチーユで獄死した。[前田正明]
『『ある陶工の話――ベルナール・パリッシーの場合』(『渡辺一夫著作集4』所収・1971・筑摩書房)』

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