元来、フランス語で「城砦(じょうさい)」を意味する普通名詞だが、古くからパリにある城砦のうちおもなものをこの名でよぶ習慣があり、さらにサンタントアーヌ郊外に存在したもののみをさすことになった。この城砦は、もとイギリス軍に対するパリ防衛のため築かれたもので、最終的には17世紀ルイ13世のとき宰相リシュリューによって牢獄(ろうごく)とされた。これに収容されるのは貴族やブルジョアジーで、とくに重大な犯人以外おおむね自由で快適な生活が許されていたが、反権力の文筆家の投獄によって陰惨な印象を与え、一般に絶対王政のシンボルとして認められた。このため1789年7月14日の攻撃を招き寄せ、その攻略は大革命の本格化を画することになった。
バスチーユ牢獄は1789~90年に取り壊され、1803年その一部にバスチーユ広場Place de la Bastilleが誕生した。現在のパリ市内東部、セーヌ川右岸のサンタントアーヌ通り東端にあたり、主要な大通りが集中する。広場の中央に、七月革命(1830)の犠牲者を記念した高さ約50メートルの円柱(1840~41建設)が立ち、パリ名所の一つとなっている。
[樋口謹一]
〘 名詞 〙 春の季節がもうすぐそこまで来ていること。《 季語・冬 》 〔俳諧・俳諧四季部類(1780)〕[初出の実例]「盆栽の橙黄なり春隣〈守水老〉」(出典:春夏秋冬‐冬(1903)〈河東碧梧桐・高...
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