ステンドグラス(読み)すてんどぐらす(英語表記)stained glass

翻訳|stained glass

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ステンドグラス」の意味・わかりやすい解説

ステンドグラス
すてんどぐらす
stained glass

色板ガラスにグリザイユという顔料を焼き付け、個々のガラス片を断面がH型の紐(ひも)状の鉛によって組み合わせ、画像や文様を表したもの。とくに中世ヨーロッパの教会建築において華やかな展開がみられた。

 ガラスを建物の窓に使用することは紀元前後には行われ、初期の教会建築にも色ガラスの窓のあったことがいくつかの記録から知られている。しかし12世紀前半にテオフィルスによって『諸芸提要』に記されたような、ガラスの粉末と金属酸化物からなる顔料でガラス片に線や陰影を表し、それを焼き付けるという技法が行われるようになったのは、カロリング朝のころからと推定されている。現在残る最古の例は、ドイツのロルシュ修道院で発見された「聖者の頭部」断片で、9~10世紀のものと考えられる。ついで全体像の残るものとしては、アウクスブルク大聖堂の5人の「預言者像」(11世紀末~12世紀初)があげられる。

 中世を通じてステンドグラスは人々の心を照らす光として、神の家たる教会にふさわしい装飾と考えられ、その建築様式と大きくかかわりながら発展した。またその図像は、同時代の写本装飾や金属工芸との様式的関連がしばしば指摘されている。11~12世紀にかけてのロマネスク教会堂では構造上、窓は比較的小さく、側廊には物語を表すメダイヨン(縁飾りで囲まれた円形などのパネル)の窓、高窓には正面性の強い単身像が配置されることが多い。これに対し13世紀には柱で建築を支えるゴシック様式が盛んになり、これによって大きく開放された壁面にステンドグラスがより重要な役割を果たすことになった。縦長の窓にメダイヨンが上下に連なり、ガラスパネルを保持するための鉄枠も、それ自体がデザイン的な効果を意図するようになった。

 ステンドグラス制作がもっとも盛んに行われたフランスでは、早くから各地方に特色ある工房が成立していた。なかでもゴシック建築の端緒ともなったサン・ドニ修道院の聖歌隊席(1140~1144)の窓を制作した工房は、ついでシャルトル大聖堂西ファサードの窓も手がけ、その作風はイギリスのカンタベリーおよびヨークの大聖堂にも及んだ。一方、同じく12世紀中葉のル・マン大聖堂「昇天」、ポアチエ大聖堂「磔刑(たっけい)」、シャルトル大聖堂「美しき絵ガラスの聖母」などの窓はロマネスク的傾向の強い作例として知られている。このころのステンドグラスは、鮮やかな青と赤のガラスを効果的に対比させ、輪郭線としての鉛線を生かした力強い表現をみせている。

 13世紀前半にはシャルトル、ブールジュ大聖堂、カンタベリー大聖堂トリニティー・チャペルの「トマス・ベケット伝」など大規模な制作が行われ、世紀なかばにはパリのサント・シャペル(1243~1248)でゴシックの様式が洗練の極みに達した。またドイツでは、フランスの影響を受けつつもナウムブルク大聖堂ストラスブール大聖堂、マイブルクのザンクト・エリザベート教会などがゲルマン的な豊かな色彩と装飾性をみせている。なお、グリザイユの窓とよばれるヨーク大聖堂「5人姉妹」のように、この時代から白ガラスを多用する傾向も現れた。

 14世紀になると、イタリア絵画の影響を受けてステンドグラスにも奥行や量感が表現されるようになる。スイス、ケーニヒスフェルデンのハプスブルク家礼拝堂(1325~1330)の窓はアルプス以北で線遠近法を導入した最古の例といわれる。さらに焼付けによって黄色系を発色するシルバーステイン(銀の硫化物)の使用が始まり、頭髪などにも自由な表現が可能となって、ステンドグラスの絵画化は急速に進んだ。イギリスとフランスでは色彩も明るく、人物表現は精妙になった。またゲルマン諸国では天蓋(てんがい)装飾などに複雑な三次元的構図が進み、続く15世紀はフランドル絵画の影響もあって、写実化の傾向が著しい。

 14世紀に始まったステンドグラスの絵画への接近は、16世紀後半にエマイユの使用が広まったことでさらに進み、その本来の美しさをまったく見失うに至った。加えて宗教改革や反宗教改革に伴う抗争で多くの作品や工房が壊滅的な被害を受け、中世的な伝統は衰退して長い不毛の時代が続くことになる。そのようななかで、教会堂や邸宅の窓には紋章や世俗的主題の円形小パネルが取り入れられた。

 ステンドグラスの再興は19世紀のゴシック・リバイバルの動きのなかで始まった。ビオレ・ル・デュクらの手で中世の窓の再発見、研究、補修が行われ、古い製法による板ガラス製造も復活した。ついでウィリアム・モリス、バーン・ジョーンズらのラファエル前派によって新たな表現として生き返った。またアール・ヌーボーの風潮にも合致して盛んに制作され、アメリカのティファニーは乳白ガラスと銅箔(どうはく)という新しい素材を使って独自の作品をつくりだしている。

 20世紀にはマチス、レジェ、シャガールをはじめとする多くの作家がステンドグラスを積極的に現代建築に取り入れてきた。また、近年では厚板ガラスを使った技法も広がるなど、建築とのさまざまなかかわりが展開されつつある。

[井上暁子]

『宮本雅弘著『ステンドグラス』(1985・美術出版社)』『L・リー、G・セドン他著、黒江光彦訳『ステンドグラス』(1980・朝倉書店)』『渡部雄吉写真集『ステンドグラス』(1982・小学館)』


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ステンドグラス」の意味・わかりやすい解説

ステンドグラス
stained glass

表面に顔料を焼きつけたり,色板ガラスの細片を接合するなどの方法で色模様を構成した板状ガラス。主として窓に用いる。起源は明らかではないが,6世紀にイタリアのラベンナのビターレ教会では,その原型と思われるものが使われている。ビザンチン時代にその技術が非常に発達したことが,修道士テオフィルスの『諸芸提要』 De diversis artibus (1110~40頃) によって推察される。最古の完全な遺例は 12世紀初頭の製作といわれるアウグスブルク聖堂の預言者たちを表わしたもの。サン・ドニ修道院聖堂内陣の 17窓 (41) ,シャトル大聖堂のもの (50頃~55) ,ボワチエ大聖堂のもの (65頃) は初期ステンドグラスの代表例。以後西・南ヨーロッパを中心に大流行したが,ルネサンス以降はあまり進展せず,19世紀に入ってロマン主義とともに新しい技法を取入れて復活した。

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