フィリップ トルシエ(英語表記)Philippe Troussier

現代外国人名録2012の解説

フィリップ トルシエ
Philippe Troussier


国籍
フランス

専門
サッカー監督(深圳)

肩書
FC琉球総監督 サッカー・ナイジェリア・南アフリカ・日本・カタール代表監督

別名
Omar〉 オマル〈Troussier 別名=トルシエ

生年月日
1955/3/21

出生地
フランス パリ

経歴
6人兄弟の長男として精肉店の職人の家に生まれる。11歳の時パリ交通公団のチーム・USメトロに入団。1976〜83年ストッパーとしてフランスリーグの4つのクラブで活躍。’84年指導者に転向、フランス国内の3部リーグで監督を務めた後、’88年アフリカへ渡り、コートジボワールのクラブチームを指揮。’93年コートジボワール代表監督、’94年南アフリカ、’95〜97年モロッコのトップクラブ監督を歴任。’97年ナイジェリア代表監督となり、W杯フランス大会アフリカ予選を勝ち抜く。その後ブルキナファソ代表監督を経て、’98年南アフリカ代表監督に就任し、W杯フランス大会に出場。アフリカ各国では、その熱血指導ぶりから“白い呪術師”の異名をとった。同年日本代表監督に就任。’99年4月世界ユース選手権でU-20代表を準優勝に導く。2000年9月シドニー五輪では初の決勝トーナメント進出、10月アジア杯ではフル代表を優勝に導く。2001年6月コンフェデレーションズ・カップ準優勝、7月キリンカップ2連覇。同年4月日本代表監督として初めてアジアサッカー連盟(AFC)の年間最優秀監督賞を受賞。2002年6月W杯日韓共催大会で日本代表を初の決勝トーナメント進出に導く。戦術的には守備にこだわり、“フラットスリー”を採用。独自の方法論を貫き通し、日本サッカー協会やメディアとしばしば対立した。大会後、退任。2003〜2004年カタール代表監督兼テクニカルディレクター。2004年11月フランスリーグのマルセイユ監督に就任するが、2005年6月成績不振で解任される。同年10月モロッコ代表監督に就任するが、12月解任される。2008年1月JFLのFC琉球の総監督に就任。2011年2月中国1部リーグの深圳監督に就任。FC琉球総監督も兼務。著書に「トルシエ革命」がある。2006年イスラム教に改宗し、ファーストネームをオマルに改名。

受賞
アジアサッカー連盟年間最優秀監督賞〔2001年〕

出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2012」(2012年刊)現代外国人名録2012について 情報

367日誕生日大事典の解説

フィリップ トルシエ

生年月日:1955年3月21日
フランスのサッカー監督

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

今日のキーワード

一代年寄

相撲界に大きな功績を残した力士に認められる年寄のことで,理事会が決定する。日本相撲協会にある 105の年寄名跡のほかに,力士名がそのまま年寄名とされる。資格は本人1代かぎりで,定年または廃業すれば自然...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

フィリップ トルシエの関連情報