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フス派 フスはHussites

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

フス派
フスは
Hussites

15世紀初頭のボヘミア宗教改革者ヤン・フスの教説に追従する人々。フスが公会議で断罪,焚殺されたのち,ボヘミアの騎士,貴族の支持を得てチェコ民族運動の性格を帯び,チェコ語による典礼,平信徒にもパンだけでなくぶどう酒での聖体拝領を許すこと,説教の自由,聖職者の清貧と教会財産の収用などの要求を掲げて,高位聖職者,ドイツの支配に反対した。これに対するローマ教皇と皇帝の十字軍が数次にわたって発動されたが失敗。 1433年和平交渉が始りフス派の穏健な両形色派と極端なターボル派の分裂が表面化して,後者は,前者とカトリックの同盟軍に殲滅された。 36年和約が成立,両形色での聖体拝領などをかちとった自立的なボヘミア・カトリック教会が生れたが,17世紀初期以降徐々にローマ・カトリックに吸収された。 15世紀なかば,フス派の一部から同胞一致 Unitas Fratrum運動が生れ,宗教改革の動乱ののちモラビア教会として生残った。

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大辞林 第三版の解説

フスは【フス派】

ボヘミアの宗教改革者フスの信奉者。急進的なタボル派と穏健な改良主義者たちの二派があった。 → フス戦争

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世界大百科事典内のフス派の言及

【フス派戦争】より

…ボヘミアのフス派教徒の反乱(1419‐36)。宗教改革者フスが1415年にコンスタンツで処刑されたのち,ボヘミア全土は教会改革の波に洗われた。…

※「フス派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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