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ブラウダー ブラウダーBrowder, Earl (Russel)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ブラウダー
Browder, Earl (Russel)

[生]1891.5.20. カンザス,ウィチタ
[没]1973.6.27. ニュージャージー,プリンストン
アメリカの政治家。 1921年共産党に入党,党中央執行委員,汎太平洋労働組合事務局長を経て,30~44年共産党書記長をつとめた。 36,40年大統領選挙戦に出馬して敗退。アメリカの民主主義的伝統に期待をかけ,また資本主義との協調をはかろうとしたため,46年共産党から除名された。著書『合衆国における共産主義』 Communism in the United States (1935) ,『人民戦線』 The People's Front (38) ,『世界共産主義と合衆国の対外政策』 World Communism and U.S. Foreign Policy (48) など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ブラウダー
ぶらうだー
Earl Russel Browder
(1891―1973)

アメリカの共産主義者。カンザス州出身。貧困に育ち小学校中退後、ウィチタで計理士をしながら社会党員として活動したが、その穏健な傾向に反発して脱退。第一次世界大戦の徴兵制に反対して入獄。1920年ニューヨーク市で共産党に入党。1921年中央執行委員、プロフィンテルン代表として中国に滞在し、帰国後1930年書記長に選出され、1936年、1940年には同党大統領候補になった。アメリカ民主主義の伝統を高く評価しながら、「共産主義は20世紀のアメリカニズムである」として共産主義の「アメリカ化」を唱えた。そして、ルーズベルト連合を「アメリカ型」の人民戦線であるとして支持し、反ファシズム運動に取り組んだ。第二次世界大戦中、共産党不要論を主張して党を共産主義政治協会に改組した。1945年党が再建されると、解党主義、日和見(ひよりみ)主義と批判され、1946年除名処分を受けた。[河内信幸]

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367日誕生日大事典の解説

ブラウダー

生年月日:1891年5月20日
アメリカの政治家
1973年没

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