軍隊において軍務につく兵役制度の一種。国民に兵役の義務を課し、強制的に兵士として軍隊に徴集する制度である。徴兵を拒否すると罰せられる。自由意志に基づく志願兵を募集し軍隊を構成する志願兵制と対比される。武器をとって国の防衛に加わることは国民の義務であるとする思想に基づくもので、徴兵制を採用する多くの国で憲法に「国防の義務」が規定され法的根拠となっている。「国防の義務」に従い「兵役の義務」が課せられる。国防を国民の義務とするか否か。ここが徴兵制を選択するか志願兵制を選択するかの分岐点となる。国民皆兵思想に基づき全国民に兵役の義務を課すことを一般兵役義務制とよぶ。
現代まで続く近代的徴兵制の原点は、1789年のフランス革命にまでさかのぼる。王制を倒し国民が主権者たる国民国家となったフランスは、国防の主体も国王から主権者である国民に移ることとなった。国防は国民の責任となり義務とされた。ここに国民皆兵という思想が生まれ、フランスのみならず新たに国民国家となったヨーロッパの大陸諸国によって広く受け入れられた。各国で国民皆兵に基づく徴兵制が導入され、その結果、傭兵(ようへい)とプロの志願兵により構成されていた18世紀までの軍隊は、徴兵制を通じて一般の国民が軍事訓練を受け武装した大規模な「大衆軍隊」へと変容していった。各国の軍隊の規模は数万人から数十万、百万人を超える規模にまで拡大し、19世紀を通してヨーロッパの国際秩序を劇的に変えることとなる。
徴兵制を理解するうえでは、国民が法的に「兵役の義務」を負うことと、実際にどれだけの国民が軍隊に徴兵されるかは分けて理解する必要がある。どのような徴兵制においても免除規定が存在する。近代の徴兵制は1814年のプロイセン兵役法によって一般兵役義務制が確立したとされるが、徴兵制の実際は、各国の政治的、軍事的、財政的、社会的、宗教的事情を反映して多岐にわたる。徴兵適齢に達した者は、徴兵検査を受け兵役に耐えうるかどうか、おもに健康上の検査を受ける。この検査に合格した者が徴兵候補者となり、この候補者のなかから実際の徴兵が行われる。しかし、かならずしも徴兵検査に合格した者すべてが徴兵されるわけではない。
国民皆兵思想をもっとも体現した徴兵制は、男女を問わず兵役に適する国民のほとんどすべてを徴兵する方式で、イスラエル、北朝鮮といったつねに厳しい軍事的緊張に置かれている国で実施されてきた。徴兵検査に合格した男子のすべてと多くの女子が実際に兵役につく。しかし、こうした国はまれであり、男子のみを徴兵の対象とするのが一般的である。19世紀のヨーロッパ大陸諸国では、徴兵検査に合格したすべての男子が徴兵された。戦前の日本や現在の韓国、トルコ、中立国のスイス、オーストリアでもこの方式がとられている。「徴兵制」という場合、この方式をさすことが多い。一方、徴兵制を実施する多くの国では、大学進学者を猶予するなどさまざまな猶予・免除規定を設け、徴兵検査合格者のなかから選択的に徴兵する方式が主流となっている。タイのようにくじ引きによって徴兵される者を決める国もある。徴兵制と志願兵制を組み合わせた方式をとる国も多く、中国では志願兵制を基本とし足りない兵力を徴兵制により充足する方式がとられている。
宗教的、思想・心情的理由から兵役を受け入れがたい者に対しては、良心的兵役拒否(良心的兵役忌避)の選択肢が提供されるのが一般的である。徴兵を拒否する者は、国境警備隊、警察、消防、民間防衛といった公的なサービスや病院、福祉施設などで徴兵と同程度の期間、勤務することで代替役務とすることができる。ヨーロッパ諸国を中心として、多くの徴兵制採用国にはこうした制度が設けられているが、韓国、北朝鮮、トルコには、良心的兵役拒否の制度はなく、徴兵拒否は厳しく罰せられる。
明治以降の日本における近代的徴兵制は、1873年(明治6)制定の徴兵令に始まる。この徴兵令は一種の選抜徴兵制であったため不公平感が広まり、徴兵逃れが横行したこともあり全国で激しい反対運動を引き起こした。1889年には、大日本帝国憲法が制定され第20条において「兵役の義務」が定められた。同じ年、徴兵令は大改正され、一般兵役義務制に基づく国民皆兵が規定された。この改正により、徴兵検査に合格した男子のほとんどが実際に徴兵されることとなり、大日本帝国憲法下における日本の徴兵制が確立された。満17歳から満40歳までの男子に兵役義務が課せられ、兵役は常備兵役(現役および予備役)、後備兵役および国民兵役に分けられ(のちに補充兵役が加えられた)、満20歳から3年間現役に服するものとされた。1927年(昭和2)に徴兵令は全面改正され、新たに兵役法が制定された。兵役法は、実質的には徴兵令の内容を受け継いだもので、日中戦争開始以後は兵力増強のために何度も改正された(1943年末徴兵適齢の1年引下げなど)。兵役法は、太平洋戦争の敗戦により1945年(昭和20)廃止された。第二次世界大戦後、日本においては、一貫して志願兵制が維持され自衛隊が構成されている。徴兵制は日本国憲法に違反するとされている。
冷戦の終結以降、ヨーロッパ諸国においては徴兵制を廃止する国が相次いでいる。1995年にベルギー、1997年にオランダ、2001年にフランス、スペイン、2003年にスロベニア、2004年にイタリア、チェコ、ハンガリー、ポルトガル、2006年にスロバキア、ルーマニア、ラトビア、2007年にブルガリア、2008年にリトアニア、2010年にスウェーデン、2011年にドイツ、2013年にウクライナが徴兵制の廃止を決定するか実行している。しかし、2010年以降、再度、徴兵制を復活させる国が出てきている。スウェーデン、リトアニア、ウクライナは「ロシアの脅威」を、フランスは「テロとの戦い」を理由として徴兵制の復活を決めるか検討している。
[山本一寛 2018年8月21日]
国民に強制的兵役義務を課し,所要の兵力を調達する,兵役制度の一種。国民からすすんで兵役に服するものを募集し軍隊を編成する志願兵制度(職業軍,広くは義勇兵や傭兵をも含む)との対比では,徴兵制は,必任義務兵制度の一種である。必任義務兵制度には,徴兵制のほかに民兵制がある(民兵)。民兵制が平時には日常業務に従事する国民を非常時に国軍として編成する制度であるのに対し,徴兵制は,平時においても一定年齢に達した国民の有資格者から一定数の精兵を選択徴募し,平時編成部隊に一定期間編入して教育・訓練をほどこし,逐次新陳交代させて所要兵力を確保したうえ,非常時に際してこれらを召集し戦時編成を整える制度である。
徴兵制は,国家防衛の観念が国民全体に普及し,国民が平時においても兵役義務を受け入れるような国民統合の条件のもとで可能となる。近代軍隊の端緒であるフランス革命時の国民軍は,絶対君主を打倒した国民主権の観念と革命防衛の愛国的ナショナリズムが結合することにより生まれたものであった。ナポレオン率いるフランス国民軍のプロイセン傭兵軍に対する勝利(1806年のイェーナの戦)は,徴兵制が世界に広がるきっかけとなった。イギリス,アメリカなどでは伝統的に志願兵制がとられてきたのであるが,フランス革命後に近代国民国家形成に入るドイツ,イタリア,日本などは,こぞって徴兵制を採用した。もっとも,ドイツや日本など後発資本主義国の徴兵制採用は,比較的小さい財政負担で所要兵力を強制的に確保し,国民に軍国主義,愛国主義への思想動員をはかる,〈上からの近代化〉の一環としての性格が強く,国民主権観念の欠如や〈国民皆兵〉理念の稀薄を,軍国主義教育や排外的ナショナリズム育成によって補い,帝国軍隊への忠誠を確保しなければならなかった。
19世紀末から20世紀初頭の帝国主義段階への突入は,戦争の性格そのものを現役軍隊中心の速戦即決戦争から長期の消耗戦へと転化させ,第1次世界大戦ではイギリス,アメリカも徴兵制を採用するにいたった。ここでも徴兵制は,長期的兵員確保という直接的・軍事的目的とともに,国民総動員というイデオロギー的性格をあわせもつものであった。しかし,国民皆兵の徴兵制は,同時に社会的・政治的諸矛盾が軍隊内にもちこまれることをも意味した。徴兵登録の段階においてすでに,上流階級子弟の徴兵免除や下層民衆の徴兵忌避がみられ,徴集された兵員の技術的未熟や士気低下も帝国主義的徴兵軍では不可避であった。1873年徴兵令以降日本の天皇制軍隊にも,こうした矛盾がつきまとっていた。1917年のロシア革命や1918年のドイツ革命は,民衆蜂起と軍隊内反乱が結びつく可能性を示した。第2次世界大戦の惨禍と核兵器にいたる現代軍事技術の発達は,国民経済への軍事費の圧迫と相まって兵力それ自体の意味を変化させるにいたった。天皇制軍隊崩壊後の日本国憲法は,戦争放棄条項を設けて軍事化に歯止めをかけている。徴兵制の意義も,科学技術発展と平和と民主主義理念の国際的普及のもとで,大きく変化しつつあるといえよう。
→志願兵 →兵役制度
執筆者:加藤 哲郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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…第2次大戦までは多くの国々は平時編制と戦時編制とを区別していたが,現在では即応態勢を重視することから,平時においても戦時に準ずる編成をとっているところが多い。
[補充制度]
兵員の補充には,志願兵制度と徴兵制度がある。外国人の傭兵は,イギリス軍のグルカ兵(ネパールの兵)や途上国の教官など一部に残っているが,ほとんど姿を消した。…
※「徴兵制」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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