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ヘルウェティア共和国 ヘルウェティアきょうわこくRépublique helvétique

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ヘルウェティア共和国
ヘルウェティアきょうわこく
République helvétique

ナポレオン1世の支配下で 1798~1803年にスイスに生れた中央集権的共和国。ヘルウェティアとは古代ローマ時代のスイスの呼び名。イタリア制圧を目指すナポレオンの戦略的要求と,パリにヘルウェティア・クラブを組織し保守的スイスの改造をはかるバーゼルの富豪 P.オクスらの計画に基づき,1798年1月フランス軍がスイスに侵入,4月 12日 10州代表が招集されオクスの起草した新憲法が承認されて新共和国が成立。封建的特権の廃止,信仰・言語・通商の自由などが宣言されたが,各州の独立性は失われ,フランスにならった5人の総裁による中央行政府と立法議会,最高裁判所から成る中央集権国家となった。しかし各地に不満分子が続出,第2次対仏大同盟戦争の戦場ともなり政情は混迷を続けた。この形勢をみて第1統領ナポレオンは,1803年パリに各州代表を集め,新憲法 (→ナポレオン調停法 ) を作成して旧 13州に6州を加えた 19州をもって連邦制を実施,各州の主権を認めて 1798年以前の体制に復帰させた。さらに,この新憲法も 1813年ナポレオンの敗北後ベルンなどで旧都市貴族による反動体制に置き換えられ,共和国は名実ともに崩壊した。

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