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ペドロ[3世] Pedro III

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世界大百科事典 第2版の解説

ペドロ[3世]【Pedro III】

1240‐85
アラゴン連合王国国王。在位1276‐85年。ハイメ1世の子。シチリア征服の功績から〈大王〉とあだ名される。ペドロ3世即位時のアラゴン連合王国は外に向けての新たな発展の可能性を模索していた。ミュレーの敗戦(1213)で南フランス進出の道が閉ざされ,隣国カスティリャとのアルミスラ条約(1244)によってバレンシア以南への版図拡大も阻まれて,残るのは地中海だけだった。 1282年,〈シチリアの晩鐘〉で知られる蜂起で,従来のアンジュー家の支配を拒否したシチリア島民は,ペドロ3世に島の統治を要請した。

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All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内のペドロ[3世]の言及

【シチリア王国】より

…シャルル・ダンジューの支配に反感をもったシチリア島民は〈シチリアの晩鐘〉の乱を起こし,アンジュー勢力を全島から駆逐した(1282)。シチリアはアラゴンの支配下に入り,アラゴン王ペドロ3世Pedro IIIがシチリア王を称した。その結果,二つのシチリア王国が出現することになった。…

【シチリア王国】より

…シャルル・ダンジューの支配に反感をもったシチリア島民は〈シチリアの晩鐘〉の乱を起こし,アンジュー勢力を全島から駆逐した(1282)。シチリアはアラゴンの支配下に入り,アラゴン王ペドロ3世Pedro IIIがシチリア王を称した。その結果,二つのシチリア王国が出現することになった。…

【バルセロナ】より

…また,同国王は旧市壁の外へ膨張した市街地を防衛する目的で新たな市壁を築いている。続くペドロ3世は前述した慣習法典に基づく私法を体系化し,とくに王権に対するバルセロナの自治を承認した条項は,他の諸都市の法制に影響を及ぼした。またペドロ3世の時代には,シチリア島の征服(1282)とナポリ王国併合への足場固めが行われ,アラゴン連合王国の地中海制覇が開始されるとともに,地中海が〈カタルニャの海〉と化していく契機となった。…

※「ペドロ[3世]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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