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ボート競技 ぼーときょうぎrowing

翻訳|rowing

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ボート競技
ぼーときょうぎ
rowing

ボート(漕艇(そうてい))による競技のことで、ボートレースboat race、レガッタregattaともいう。漕(こ)ぐことによって、最高のスピードが得られるように設計製作された競漕艇を使用し、発艇線(スタートライン)に艇首を並べてスタートし、定められた距離を漕ぎ、決勝線(フィニッシュライン)に達した着順によって順位を決める。英語のロウイングrowingとは、ボートを漕ぐことをいうが、オリンピック等での競技名でもある。艇に乗った漕手がオールで水を押した反作用により艇が進む。オールのブレード(オールの先)で、水中を長く平らな方向に強く速く動かせば、艇はより速く進む。
 高艇速を得るために、用艇とオールの設計・素材の種類・製作には、先端技術の粋を注ぎ、乗艇時には漕手の力が最高に発揮できるよう艇の調整(リギング)や漕法の研究にも力を注ぐのは当然であるが、漕手の強い意志、体力、優れた技量によって、レースにおいて自己のもつ力を最高に発揮しなければ、勝者となり、あるいはよい競技記録を得ることはできない。マラソンとともに、最後のアマチュア・スポーツといわれるゆえんである。しかも、ボート競技は、1人で漕ぐスカルsculls以外の種目がすべて複数の漕手によるチーム・スポーツなので、チーム・ワークとユニフォーミティuniformity(統一性)を完璧(かんぺき)にするためのトレーニングにも大きな努力を要する点、特異性がある。[宮越茂夫・日本ボート協会広報委員会]

歴史

ボートレースの発祥は、8~10世紀、北欧の海辺を荒らしたバイキングたちの腕試しに起源するとされており、14世紀にベネチアのゴンドラレースをレガッタとよんだのが、今日に伝えられたといわれている。記録に残る最初のものは、1715年イギリスのダゲッツコート・エンド・バッジ競漕会Daggetes Coat and Badge Raceである。今日まで伝統を残しているのは、オックスフォード大学の各カレッジが毎年2月に行うトーピド・レースTorpid Raceと、ケンブリッジ大学が毎年6月に行うバンピング・レースBumping Raceである。この二つのレースは、狭い川を1艇ずつ10秒ごとにスタートし、強いクルー(乗組員)が先行する艇の艫(とも)に自らの舳先(へさき)をぶつけることにより、勝敗を決めるという珍しいレースである。オックスフォード対ケンブリッジの対抗戦もまた、ボートの歴史を物語るものの一つで、4.5マイル(約6.8キロメートル)のテムズ川コースで毎年6月ごろ開催され、今日に至っている。1839年に始まるロイヤル・ヘンレー・レガッタRoyal Henrey Regattaは、競技規則を定め、毎年7月第1週に4日間、ロンドン郊外のテムズ川上流ヘンレーで開催され、ヨーロッパ各国、アメリカ、オーストラリアからも多くのチームが参加している。
 19世紀に入ると、ヨーロッパ、北アメリカ、南アメリカ、オーストラリアで盛んになり、大学以外にも一般のクラブが多数できて大いに普及し、とくにヨーロッパには湖沼が多く、競技環境に恵まれているので、冬季を除き各地でレガッタが催され、盛んになった。オリンピックの種目に加えられたのは、1900年、第2回パリ大会からである。
 日本におけるボートレースは、1869年(明治2)横浜に寄港中のイギリス軍艦乗組員と在留外国人クラブとで競漕したのが最初である。日本人によるボートレースは、1887年6月、東京大学と東京商業学校(後の東京高等商業学校。一橋(ひとつばし)大学の前身)と東京師範学校(後の東京教育大学。筑波(つくば)大学の前身)が、4人漕ぎ固定席艇を用いて、隅田川で行った学内競漕大会が始まりである。
 これをきっかけに東京の学生間には急激にボート熱が高まり、東京帝国大学、東京高等商業学校、早稲田(わせだ)大学、明治大学、東京外国語学校、東京高等工業学校、東京高等師範学校などに続いて、慶応義塾大学、拓殖大学、日本大学のほか、開成中学校、東京高師附属中学校などもボート部をつくって、1890~1910年(明治23~43)にかけては、スポーツの華ともてはやされた。今日のアウトリガー・滑席・シェル艇は1920年(大正9)に採用され、同年に、ボート界の統轄団体として日本漕艇協会(1998年「日本ボート協会」に名称変更)が創立された。この年の10月に第1回関東大学高専選手権(インターカレッジ・レガッタ。現在の全日本選手権大会)が開催され、国内での普及・振興と並行して、国際交流が進められた。
 オリンピックへの参加は、1928年(昭和3)第9回アムステルダム大会で、舵手(だしゅ)つきフォアとシングルスカルの2種目に出場した。以来、第二次世界大戦直後の第14回ロンドン大会および日本オリンピック委員会決定により不参加となった第22回モスクワ大会を除き、毎回参加している。国内での普及は、国民体育大会(国体)や全国高等学校総合体育大会の競技種目であるため、全国的な広がりで展開し、ボート人口は大幅に増加したが、練習やレースに適した水域、用艇やオールなどを必要とするので、他のスポーツに比べれば、底辺の広がりには制約が少なくない。[宮越茂夫・日本ボート協会広報委員会]

漕法とトレーニング

どう漕いだら艇をより速く進ませることができるか、これが漕法である。漕手がもっている力をいかにむだなくオールに伝え、水を後ろに押して艇を推進させるかの技術はボートの基本である。ブレードを水に入れて水をつかむことをキャッチといい、キャッチのあと一気に水を後ろに押す、すなわちハンドルを手前に引くことが、ストロークである。ストロークの引き方が、より長く、より力強く、より速く、より平らに引けるだけ、それに比例して艇のスピードが出る。ハンドルを引ききって、ブレードを水から空中に出して次のキャッチをするために、ハンドルを前に押し出す動きをフォワードという。フォワードは急速なストロークの動きと対照的に穏やかで静かな休息のモーション(動作)である。
 この緩・急、静・激の連続動作がロウイングのリズムであり、長い期間の反復練習によってのみ体得されるものである。複数の漕手によって漕ぐ艇種にあっては、全員がこのリズムにのったユニフォーミティによってこそ艇は滑らかに進む。レース中はこのリズムを1分間に35くらいとし、競り合うときのスパートspurtでは40~45とする戦術を用いる。このリズムの1分間の回数をピッチpitchまたはレートrateという。
 一方、身体の動きは、艇の縦軸線上を外れないようリズミカルな前後運動を繰り返し、手首、腕、肩、上体、腹、足などを、オールさばきのために滑らかに動かしつつ、ストロークに全筋力を集中させなければならない。クルーは全員同じフォームを理想とし、両サイドのブレード・ワークをそろえて一致させようと努力する。これが乱れるとブレードを水にとられる者が出て、艇はバランスを失ってローリングをおこし、方向が不安定となり、たちまち艇速が落ちてしまう。ボートのトレーニングは、以上のようなモーションとその繰り返しによる筋力の鍛錬と持久力の養成が大きな課題である。[宮越茂夫・日本ボート協会広報委員会]

競技種目

オリンピックでは、男子(M)が、シングルスカル(M1×)、ダブルスカル(M2×)、舵手なしペア(M2-)、舵手なしクオドルプル(4人漕ぎスカル、M4×)、舵手なしフォア(M4-)、エイト(M8+)および軽量級ダブルスカル(LM2×)、軽量級舵手なしフォア(LM4-)の8種目。1976年(昭和51)から設けられた女子(W)部門は、シングルスカル(W1×)、ダブルスカル(W2×)、舵手なしペア(W2-)、舵手なしクオドルプル(W4×)、エイト(W8+)および軽量級ダブルスカル(LW2×)の6種目で、距離は男女とも2000メートル。舵手の体重は、男子55キログラム(以下キロと省略)以上、女子50キロ以上。軽量級の体重は、男子の場合、漕手の平均体重が70キロ以下かつ漕手個人が72.5キロ以下、女子の場合、漕手の平均体重が57キロ以下かつ漕手個人が59キロ以下と定められている。
 国際漕艇連盟Fdration Internationale des Socits d'Aviron(FISA。本部スイス、ローザンヌ)が主催する国際レガッタのおもなものは、世界選手権、世界ジュニア選手権ほかで、種目は、オリンピックとほぼ同様である。ただし数え年で19歳未満を対象とするジュニア・レガッタは、シニアと距離、種目ともほぼ同一であるが、軽量級種目がないため、体格面で小柄な日本選手は苦戦を強いられている。そのほか、アジア地域においては、アジアボート連盟Asian Rowing Federation(ARF)が主催するレガッタは、アジア競技大会ほか、東アジア競技大会、アジアボート選手権、アジアジュニアボート選手権が開催されている。
 日本国内のレガッタは、日本ボート協会Japan Rowing Association(JARA)主催の場合、オリンピックの男子・女子、FISAジュニアの種目に準じているほか、日本特有のナックル・フォア艇によるレースが、中学校ほか全国各地の市民関連レガッタ種目として普及・活用されている。[宮越茂夫・日本ボート協会広報委員会]

レース艇の種類

現在使用されているレース艇は、すべて滑席艇である。ストロークのレンジ(長さ)を長くし、脚力を使って強い漕ぎができるよう、足の屈伸によりシートが前後に移動する構造である。また艇外板の作り方により、シェル艇とナックル艇の2種がある。シェル艇は、耐久性やバランスのとりにくさをある程度犠牲にしても、スピードが出やすいようつくられた艇種である。外板を滑らかにして摩擦抵抗をなくし、型を細長くして造波抵抗を減らし、重量をできる限り軽くするなどの課題を実現するために、造船技術の粋が尽くされているが、近年は木製にとってかわり、FRP(グラスファイバー)やケブラー繊維・炭素繊維などの新素材を利用してつくられた、強く、軽く、外板がより滑らかな艇が主流を占めている。
 ボート競技では本来、自艇参加が望ましいが、日本では、普及のために製作費の軽減を図って、一部の用艇を規格艇と定めている。ナックル艇は日本独特の舵手つき4人漕ぎ艇で、かつて国体ほか全国でもっとも普及していたが、国際競技につながらないことから、すでに公式レース艇の役割を終了し、シェル艇が主流となっている。なお、規格艇を除くレース艇およびオールは、重量を除き、形状、大きさ、艇体の材質と作り方などに特別の制限はつけられていない。[宮越茂夫・日本ボート協会広報委員会]

レースコース

日本国内での正式レースは、日本ボート協会の定めたコース規格の条件を満たすコースで行われなければ、記録は公認されない。とくに国際級のレースを開催するには厳しい規制がある。要点を記すと、競漕レーンの長さは直線2000メートル、スタート前、ゴール後にはそれぞれ100メートルの自由水域を設けなければならない。レーンは6~8レーンまで設け、その幅は12.5~15メートル、レーンの外側と各境界には10~12.5メートルごとにブイを設ける、レーンの水深は2メートル以上、静水で流れのないことを原則とする、などと決められている。このほか、競技者が公平に競漕を行うことができ、審判が公正な判定を速やかに下せるよう施設・標識などにも規制を示している。
 国内での典型的なコースは、埼玉県の戸田オリンピック・ボートコースである。日本随一の国際規格コースで、アムステルダムに次いで、世界で2番目に出現した純然たる静水コースである。宮城県の長沼A級ボートコース(8レーン。1998年4月国際規格コース認定)、岐阜県の木曽三川(きそさんせん)公園コース(8レーン。1998年10月認定)、広島県の芦田川(あしだがわ)漕艇場(6レーン。1998年10月認定)も、距離2000メートルのA級ボートコースとして整備を完了している。なお、国際規格コースの認定、更新は5年ごとに行われている。国内レース用コースは国際コース規格に準じた規格により、日本ボート協会が公認するもので、国体ほか各種レガッタが開催されるごとに、年々よいコースが誕生している。[宮越茂夫・日本ボート協会広報委員会]

レースの見どころ

ボート競技は、速く漕ぎきった者が勝ち、という力の競技であり、ルール自体は単純明快である。他艇を妨げることなく、定められた競漕レーンを、より早くゴールラインに達した艇が勝者である。レースの見どころは、漕ぎ方の巧拙、ブレードワークの力強さ、艇足のスムーズさ、両舷(げん)のバランス、各漕手のユニフォーミティなど、見るべきポイントは少なくない。観戦に6~8倍の双眼鏡を携えれば便利である。[宮越茂夫・日本ボート協会広報委員会]

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百科事典マイペディアの解説

ボート競技【ボートきょうぎ】

ボートレース

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