ポール・マッカートニー(読み)ぽーる・まっかーとにー(英語表記)Paul McCartney

知恵蔵の解説

ポール・マッカートニー

英国出身のロック(ポピュラー)ミュージシャン。1942年、リバプール生まれ。60年代、ジョン・レノンと共にビートルズの中心メンバーとして活躍し、主に作曲・作詞、ボーカル、ベースを担当した。ビートルズ解散後も多くのヒット曲を生み出し、「ギネス世界記録」には「ポピュラー音楽史上最も成功した作曲家」と認定されている。また、「レット・イット・ビー」「ヘイ・ジュード」と並ぶビートルズ時代の名曲「イエスタデイ」(65年)は「世界で最も多くカバーされた曲」として認定されている。マルチプレーヤーとしても知られ、とりわけベーシストとしての評価が高い。難民救済活動や動物保護運動などにも熱心で、多くのチャリティーコンサートに出演している。97年には英国王室から「Sir(サー)」の称号を授与された。
ビートルズでの活動は、62年のデビューから70年の解散までの8年間。1966年6月29日に初来日し、日本武道館で5回公演を行い、「ビートルズ旋風」を巻き起こした。ビートルズ解散後はウイングスを結成し、73年に発表したアルバム「バンド・オン・ザ・ラン」で全英・全米1位を獲得した。80年1月には、ビートルズ解散後初の日本公演が行われる予定だったが、大麻所持の現行犯によって成田空港で逮捕され、国外強制退去となった。
80年代はソロ名義の作品に加え、スティービー・ワンダーとの共作「エボニー・アンド・アイボリー」やマイケル・ジャクソンとの共作「セイ・セイ・セイ」をヒットさせた。90年代はクラシック音楽にも進出し、アルバム「リヴァプール・オラトリオ」(91年)を発表。同時に本格的なツアー活動も再開し、ソロとして現在まで4回(90年、93年、2002年、13年)来日している。14年5月、ビートルズ時代を含め6度目の来日公演が(旧)国立競技場・日本武道館ほかで予定されていたが、来日直後に発症したウイルス性炎症で全公演キャンセルとなった。なお、最初の夫人リンダ(1998年死去)との次女ステラは、世界的なファッションデザイナーとして知られる。

(大迫秀樹  フリー編集者 / 2014年)

出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報

デジタル大辞泉プラスの解説

ポール・マッカートニー

イギリスのミュージシャン、ポール・マッカートニーのファーストソロアルバム。1970年発表。全英アルバムチャート2位、全米アルバムチャート1位を記録。ジャケット写真は当時の妻、リンダ・マッカートニーによるもの。原題《McCartney》。

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