ムータシム(英語表記)al-Mu`tasim

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「ムータシム」の解説

ムータシム
al-Mu`tasim

[生]794
[]842
アッバース朝第8代のカリフ (在位 833~842) 。第5代カリフ,ハールーン・アッラシードの息子で,第7代カリフ,マームーンの弟。 4000人に上るトルコ人奴隷をトランスオクシアナから購入して親衛隊を構成したが,これがイスラム世界でのトルコ人奴隷 (→マムルーク ) 軍団の始めであった。彼はソグド人将軍のアフシーンを派遣してアゼルバイジャンのアブー・ムスリム派を一掃し,またビザンチン皇帝テオフィルス1世の軍も破ったが,836年トルコ兵とバグダード市民との争いを避けるため,バグダード北方およそ 100kmのサーマッラーへ遷都した。

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世界大百科事典内のムータシムの言及

【イスラム】より

…イランのダイラム人がもっぱら歩兵として用いられたのに対して,これらのトルコ人は騎馬戦士として優れた才能を発揮した。カリフ,ムータシム(在位833‐842)は約7000騎のトルコ人マムルークを購入して親衛隊を組織したが,これ以後マムルークはホラーサーン軍に代わって国家の実権を掌握し,やがてカリフの廃立をも左右するにいたった。そして10世紀半ば以降も有利なイクター保有によって農村を支配し,12世紀末までには黒人奴隷兵の勢力を駆逐してアミールや地方総督の位を独占した。…

【サーマッラー】より

…その南東方の郊外にあるテル・アッサッワーンTell al‐Sawwānの遺跡から近年,前6千年紀のアラバスター製女性小像や前5千年紀の彩文土器が発見されている。アッバース朝時代に第8代カリフ,ムータシムal‐Mu‘taṣim(在位833‐842)によってバグダードからここに政庁が移され,約50年間(836‐892)首都として栄えた。現在,シーア派の聖地で,第12代イマーム,ムハンマド・アルムンタザルの聖所と,第10代イマーム,アリー・アルアスカリーおよび第11代イマーム,ハサンの墓廟が,アリー・アルハーディー・モスクにある。…

【マムルーク】より

…8世紀初めにアラブ軍がアム・ダリヤ以東に進出してイスラムの支配権を確立すると,多くのトルコ人が戦争捕虜や購入奴隷としてイスラム世界にもたらされた。これ以後,イスラム軍の中にはアラブ以外にトルコ人マムルークも加わるようになったが,大量のマムルークを購入して親衛隊を組織したのは,アッバース朝のカリフ,ムータシム(在位833‐842)であった。彼らの中には軍人としての実力を認められて奴隷身分から解放され,やがて軍団の司令官や地方総督に抜擢される者も現れたが,まもなく国家の支配権を手中にしてカリフの改廃をも左右するに至った。…

※「ムータシム」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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