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軍団 ぐんだん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

軍団
ぐんだん

令制で,諸国におかれた隊。諸国の正丁 (21~60歳の男子) の3分の1が兵士として,10日交代で勤務した。兵士 1000人以上を大団,600人以上を中団,500人以下を小団とし,大団には大毅1人,少毅2人,中団には大・少毅各1人,小団には少毅1人をおいた。兵士5人を伍,2伍を火,5火を隊として隊正1人をおき,隊は騎兵歩兵の2種に分れており,2人の弩手 (どしゅ) がいた。また2隊 (100人) ごとに旅帥1人,4隊 (200人) ごとに校尉 (こうい) 1人がいた。兵士は,衛士防人 (さきもり) として京や辺境の警備にあたった。この制度も,2度の改革を経て,延暦 11 (792) 年,一部を除き廃止され,健児 (こんでい) 制度に移行した。

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デジタル大辞泉の解説

ぐん‐だん【軍団】

軍隊編制の単位の一。歩兵2個師団以上の編制で、師団との中間の規模のもの。
律令制で諸国に常置された軍事組織。正丁の3分の1が徴発され、軍毅が統率した。一軍団は約1000人、一国に二、三軍団が置かれた。延暦11年(792)廃止、代わりに健児(こんでい)が設置された。
(比喩的に)実力のある人を中心にした集団。または、共通の目的をもつ人々。

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百科事典マイペディアの解説

軍団【ぐんだん】

律令時代の地方軍事組織。701年の大宝(たいほう)令で機構が成立したとみられる。地方豪族出身の大毅(だいき)・少毅・主帳(しゅちょう)ら指揮官が毎年1ヵ月ほど教練し,国司の命令で警察も兼ね,衛士(えじ)・防人(さきもり)を選抜して京や北九州に送った。
→関連項目兵部省

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世界大百科事典 第2版の解説

ぐんだん【軍団】

(1)日本古代の律令国家の軍事組織。モデルとした唐の折衝府(せつしようふ)は兵士訓練,中央衛府への兵士供給を主務としたのに対して,日本の軍団制は,軍事指揮権,兵士訓練権をもたない兵士徴発機構としての性格がつよく,また中央衛府(えふ)とのみ結びつくものでなく国内要地の守備兵,防人(さきもり),衛士(えじ),征軍兵士を供給した。軍団は兵士徴発・動員規模により,最大1000人規模,最大500人規模という2種類の編成式をもち,また引率兵士の多少に対応して軍毅(ぐんき)(大毅,少毅,毅),校尉(200人引率),旅師(100人引率),隊正(50人引率)の職員と主帳が配置されていた。

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大辞林 第三版の解説

ぐんだん【軍団】

軍と師団の中間の規模の編制単位。
律令制下、諸国に置かれた軍事・警察組織。一般農民から徴発した兵士に武芸を訓練させ、平時は警察その他の雑事にあたり、また戦時に備えたもの。規模は大小あるが、原則として兵士一〇〇〇人を一軍団とし、豪族層から任用される軍毅ぐんきが統率した。
ある指導者のもとに集まる活動的な集団。 「美女-」

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

軍団
ぐんだん

日本古代、律令制(りつりょうせい)下の兵制。中国唐代の府兵制に倣ったもので、7世紀末の持統(じとう)朝ごろ成立、701年(大宝1)の大宝(たいほう)令の制定により整備されたと考えられる。大宝・養老(ようろう)の軍防(ぐんぼう)令の規定では、1戸のうちから正丁(せいてい)(21歳以上60歳以下の男子)3丁ごとに1丁をとって兵士とし、付近の軍団に配属する。軍団は全国にほぼ平均に置かれたと考えられる。軍団は通常、兵士1000人をもって構成され、軍毅(ぐんき)(大毅・少毅)がこれを統率し、その下に校尉(こうい)、旅帥(りょそつ)、隊正(たいせい)があって、それぞれ兵士200人、100人、50人を指揮した。兵士には歩兵・騎兵の別があり、交替で軍団に勤務して武術の教練を行うほか、衛士(えじ)として京に1年、防人(さきもり)として九州の防衛に3年の勤務が規定され、また兵器・城塞(じょうさい)・堤防の修理や、外国使臣・囚徒・兵器の護送などにも使役された。兵事にあたっては征討軍が編成され、天皇の命を受けた将軍の指揮下に出征した。
 軍団制の模範となった唐の府兵制では、地方の折衝府(せっしょうふ)は中央の衛府の統轄下にあったが、日本の軍団は衛府とは直接の統属関係がなく、地方行政官としての国司の管理下にあった。8世紀後半以降、農民の階層分化の進行に伴って兵士は弱体化し、唐の衰退に伴う東アジアの政治的緊張の緩和とも関連して、792年(延暦11)、陸奥(むつ)、出羽(でわ)、佐渡(さど)、大宰(だざい)管内諸国を除いて軍団・兵士は廃止、かわりに国衙(こくが)守備兵としての健児(こんでい)が設置された。[笹山晴生]
『笹山晴生著『古代国家と軍隊』(中公新書)』

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世界大百科事典内の軍団の言及

【律令制】より

…このような駅伝制による律令交通制度の整備は国郡制による律令国家の全国統治を支えるもので,中央の命令が迅速に諸国に伝達されるとともに,諸国の政務内容もまた四度使(よどのつかい)(朝集使,大帳使,貢調使,税帳使)などのもたらす多数の公文によって,たえず中央に報告された。 軍制についてはまず諸国には律令制軍事組織の基本をなす軍団が置かれていた。軍団はふつう1000人の兵士(ひようじ)をもって構成され,国司の監督下にあったが,指揮官である大毅・少毅には一般に地方豪族が任命された。…

※「軍団」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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