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ヨットレース ヨットレース yacht race

翻訳|yacht race

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デジタル大辞泉の解説

ヨット‐レース(yacht race)

ヨットで所定の区間を走行し、その時間を競うスポーツ。艇の大きさでクラス分けされる。オリンピックのほか、アメリカズカップに代表されるオーシャン(外洋)レースがある。

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大辞林 第三版の解説

ヨットレース【yacht race】

ヨットによる競走。国際的競技は国際ヨット競技連盟( IYRU )が統轄。アメリカズ-カップが知られる。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ヨットレース
ヨットレース

ヨット競技」のページをご覧ください。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ヨットレース
よっとれーす
yacht race

ヨットによる競走。ヨッティングの楽しみの一つである。なお、オリンピックや国民体育大会などでは、セーリングと称されている。[小沢吉太郎・米澤 一]

歴史


ヨッティング
1660年イギリスのチャールズ2世即位の祝いに、オランダからヤハトjaghtが贈られたが、英語ではyachtと書かれ、ヨットとよばれるようになり、「帆をもつ娯楽艇」Pleasure boat with sailと説明された。チャールズ2世は、在位の間に26隻のヨットを建造させ、イギリス軍艦の改造などに役だてようとしたが、帆走(セーリング)競技としてのレースも行った。1661年10月1日、弟のヨーク公(後のジェームズ2世)と100ポンドの賞金を賭(か)けて、グリニジとグレーブスエンド間の往復レースを行い、王の勝利に終わったという記録があり、これが最初のヨットレースとされている。
 ヨットに乗ることをヨッティングといい、その楽しみの主目的は海に親しむことだが、(1)セーリングsailing、(2)クルージングcruising、(3)クラブ・ライフ、(4)レーシングracingなども楽しみとなってくる。乗り物が二つ以上並ぶと、大きさや型が異なっていても、走り競(くら)べたくなるもので、レーシングは他の楽しみを超えて、しばしば行われるようになった。
 日本にヨットがいつごろ渡来したかは明らかでない。1864年(元治1)原版、1868年(慶応4)再版の一川芳員画『横浜明細図』と1868年版の若林良画『開港神戸の図』に一見それとわかるヨットの絵があるところから、幕末から明治の初めにすでに外国人によって持ち込まれていたことがわかる。
 1882年(明治15)には現在の横浜市山下公園のすみに横浜ヨットクラブの前身である外国人クラブが設立された。
 日本人が初めてセーリング・ヨットをもったのは、1907年(明治40)森田造船所で建造した艇「あさじ」を所有した横浜の人のようである。三菱造船の小野暢三(おのちょうぞう)が1910年(明治43)長崎の三菱造船所で12フィートのヨットを注文し、長崎湾で帆走していた事実は記述されている(小野暢三著『ふねと私』)。その後1917年(大正6)には徐々に自分たちのヨットをもつ人が現れてきた。神奈川県葉山海岸では1921年ごろから慶応義塾大学水泳部がヨッティングを行うようになったのをはじめ、ぼつぼつと日本人がヨットに乗るようになった。その後しだいに各地でヨットに関心が高まり、琵琶(びわ)湖、大阪湾、福岡、名古屋などにセーリング同好者のグループによる組織ができた。これらの者が集まって1932年(昭和7)11月、日本ヨット協会を創立した。また、1954年(昭和29)には外洋艇の人々だけのグループが日本ヨット協会から分離して、ニッポン・オーシャン・レーシング・クラブNippon Ocean Racing Club(NORC、1964年日本外洋帆走協会に改組)を発足させた。その後、両団体はおのおの独自に事業を行っていたが、艇種は大小異なっていても水面上でセーリングを行う点ではまったく共通であったため、1978年ごろから両者統合に向けて話し合いを重ね、両団体は1999年(平成11)に統合、日本セーリング連盟Japan Sailing Federation(JSAF)となった。[小沢吉太郎・米澤 一・柴沼克己]
レース形式の変遷
〔1〕艇について 初期のヨットレースは、艇の大きさや帆面積の違いなどを問題にすることなく行われた。しかし、それでは勝つ艇はおのずと決まってしまい、そこでハンディキャップをつけることが考えられるようになる。19世紀なかばごろから、艇をレーティング(等級)で区分し、その級ごとに理論スピードを算定、それによってハンディキャップを決めるようになった。このような艇をリストリクテッド・クラス(規格級)艇という。こうしてハンディキャップ制によるレースが盛んになった。しかし、この傾向も第二次世界大戦前までで、以後は経済的理由も加わって、同一設計、同一仕様の艇(モノタイプ=単一型、またはワンデザイン=単一設計)でのレースが圧倒的に多くなった。モノタイプ級の出現は、艇の量産を可能にして値段を下げ、ヨットの普及化を進めた。いまや小型モノタイプ・ヨットは、地球上に500種を超えている。なお、近年の小型艇の傾向として、艇のスタビリティ(安定性)を人の体力で補うアクロバティック・タイプの艇が増えている。
〔2〕レース・コースについて 初めは岬や島などを回航する自然を利用したコースによってレースをしていたが、小型艇のレースが盛んになるにつれ、外洋レース以外は通常、風上、風下、サイド(ウィング)に、3個かそれ以上のマークを設置し、これを回航するコースで行われるようになった。(1)風上に向かってスタートする、(2)マーク回航時の反則を少なくする、(3)操艇技術駆使の機会を多くする、などをねらったもので、三角形(トライアングル)コースや風上/風下往復型(ソーセージ)コースが設定された。これは競技者が実力を十分発揮するのに適切なコースであった。
 その後、あまりヨットのことを知らない観戦者にもレースの状況がわかりやすいように、従来のコースにとらわれず、台形(トラペゾイド)型の短めのコースが設定されるようになった。レースの回数を多くし、またなるべく見やすいように岸辺に近づけるなど、見る人たちにも楽しめるような、時代に応じたコースも少なからず採用されるようになり、オリンピックや国民体育大会など、このようなコースを用いるレースが増えてきている。
〔3〕大型艇のレースについて 大型艇のレースのあり方は、多様化している。代表的なものとして、ボルボ・オーシャンヨットレースのような世界一周レース、トランスパックレース(ロサンゼルス―ホノルル)のような太平洋横断ヨットレース、メルボルン-大阪ダブルハンドヨットレースのような大洋縦断レース、現在国内最長距離の外洋レースであり数日間かけて行われる沖縄-東海ヨットレース(沖縄県宜野湾(ぎのわん)―愛知県蒲郡(がまごおり))、2日間にわたる大島レース(神奈川県葉山―東京都大島―葉山)のような島回りレースなどがある。また、最近多くなってきたのが1日(日中)で終了するブイ回りのレースである。それは、小型艇のレースのようにブイを設置、あるいはブイ以外の目標物を回航または通過するレースで、1回のみの大会開催もシリーズで行う場合もある。また、毎年開催される外洋艇の日本選手権大会であるジャパンカップJAPAN CUPのように、いろいろなレース形式を複合してシリーズとして行うこともある。アメリカズ・カップのような1艇対1艇のマッチ・レースもある。[小沢吉太郎・米澤 一・柴沼克己]

レースの方法とコース

従来のトライアングル・コース(1984年オリンピック・ロサンゼルス大会時)を例にすると、スタートは、風下にあるマーク(3)の、さらに風下側に設定されているスタート・ライン(レース運営艇とスタート・マークで示す見通し線の間)を、スタート信号後に風下側から通過し、風上にあるマーク(1)に向かって走る。自由なコースをとっていいが、他の艇と出会ったら規則に従って衝突を避けなければならない。マーク(1)を左に見て反時計回りにマークと接触しないように回航し、次に(1)→(2)(サイドのマーク)、(2)→(3)のコースを帆走する。ここではともに斜め後方から風を受けることになり、自艇の位置がよくわかるコースになる。追い越すとき、相手に接触してはいけないが、風上から追い越そうとする相手を競技規則に従って妨げることは許される。
 マーク(2)で帆を左側(ポートport)から右側(スターボードstarboard)にかえる。(2)および(3)も、反時計回りで回航する。(3)→(1)は2度目の風上へのコース。次は(2)を通らず(1)→(3)で、真追手のコースになる。(3)を先と同じに回り、3度目の風上へ向かうコースを走る。フィニッシュ・ラインは(1)マークの風上方向に、運営艇とフィニッシュ・マークで風と直角な見通しをつくり、この見通し線を風上に向かって通過すれば、コースの完走となる。
 しかし1996年のオリンピック・アトランタ大会では従来のトライアングル・コースを用いず、新しいコースが採用された。スタート方法は変わらないが、スタート後は従来とは大幅に異なり、台形型コースによってやや短めにし、レースの回数を増やして行われた。2000年のオリンピック・シドニー大会もこの方式でレースが行われている。コースが異なるいずれの場合でも、艇に反則がなければ着順によって得点が与えられる。
 得点にはボーナス得点法と低得点法の二つがある。ボーナス得点法は、1位0点、2位3点、3位5.7点、4位8点、5位10点、6位11点、7位以下は着順プラス6点となる。低得点法は、1位1点、2位2点、3位3点、以下フィニッシュの順位をそのまま得点とする方式である。いずれの方式も合計得点のもっとも低い人が優勝となる。かつてオリンピックや国民体育大会など多くのレースは、ボーナス得点法をとっていた。しかし、オリンピック・シドニー大会以降、低得点法が採用されるなど、低得点法により記録されるレースが多い。2012年オリンピック・ロンドン大会では、アウター・トラペゾイド基本コース(台形コース)と風上/風下往復型コース(ソーセージコース)などが用いられる。
 大型艇のレースのスタート方法も基本的には小型艇と同じであるが、かならずしも風上方向へのスタート(クロースホールドでのスタート)とならない場合もある。[小沢吉太郎・米澤 一・柴沼克己]

組織と運営


ISAF
International Sailing Federation(国際セーリング連盟)の略。ISAFは1996年まではIYRU International Yacht Racing Union(国際ヨット競技連盟)と称し、1907年(明治40)創立以来事務局をイギリスのロンドンに置いていたが、1996年に名称を変更するとともに事務局を同じイギリスのサウサンプトンに移した。2011年時点で、世界137の国と地域が加盟しており、オリンピック艇種を含む107艇種(クラス)と、5地域の加盟大陸連盟、国際無線操縦艇協会、国際障がい者セーリング連盟を含む6団体の国際加盟協会等の公認団体を内包し、国際的ヨット競技会の主催などセーリング・スポーツを統轄している。[小沢吉太郎・米澤 一・柴沼克己]
レースの運営
レースは、そのレースの主催者が任命するレース委員会がセーリング競技規則に従って運営し、レース中の艇の規則違反あるいはレース委員会・主催団体の不適切な処置等については、通常の場合、主催団体等により任命されたプロテスト委員会による審問のうえ、判決が下され、レースは公正に運営されることになる。プロテスト委員会の判決に不服がある場合、要件が整えば一般的には、審問の再開を要求する、あるいは日本セーリング連盟最高審判委員会へ上告することができる。[小沢吉太郎・米澤 一・柴沼克己]
競技規則
競技規則は国際セーリング連盟(ISAF)が制定したもので、世界各国どこでもこの規則に従って競技が実施されている。その管理は各国のヨットの統轄機関、日本においては日本セーリング連盟がMNA(ISAFのメンバー・ナショナル・オーソリティー)として管轄しており、競技用の艇については、各国際艇種別協会の定めるクラス・ルールによって、艇種別協会各国支部が登録や計測などについて管理している。競技規則の条項は、オリンピック大会(夏季)の開催される年に改訂され、その後は4年後のオリンピックまで変更されることはない。内容は、スポーツマンシップと規則に関する原則に始まり、基本原則、競技艇間の航路権、衝突回避、レース運営についてスタートからフィニッシュまでの規則、レース艇、競技者に関し、レース中守らなければならない条件、規則違反に対する抗議や審問、レースの主催にかかわる規則などである。2009~2012年セーリング競技規則は基本原則のほか、7章91条と14の付則等から成り立っている。
 大型艇のレースもこのセーリング競技規則によることが多いが、それに加えISAF外洋特別規定(OSR=Offshore Special Regulation)により、それぞれのレベルに応じたカテゴリーを適用して行う。また、これらと併せて各大会で用いる国際レーティングシステム(IRC、ORC-ClubあるいはORC International)の規則またはクラブレーティング等が適用される。
 ただし、アメリカズ・カップ、ボルボ・オーシャンレース等の特別な大会では、ISAFの承認のもと、セーリング競技規則とは別の特別な規則を設けて行われることもある。なお、外洋特別規定とは、レースのカテゴリー(世界一周レースから湾内のデイレースまでのさまざまな段階)に応じた艇体・装備等について安全面から規定した規則である。[小沢吉太郎・米澤 一・柴沼克己]
国際レースと日本のレース
ISAF公認の国際レースには次のようなものがある。各クラスごとに世界選手権が毎年あるいは2年ごとに行われているが、とくに有名な大レースはアメリカズ・カップである。1851年アメリカのスクーナー型ヨット「アメリカ号」がイギリスで銀製のカップを獲得したのを記念して、1870年からレースが続けられており、マッチ・レース(2隻で勝負を競う)による世界最大のレースである。また、外洋レースも盛んで、1993~1994年第4回に日本艇が参加したウイットブレッド世界一周レースは、六つの寄港地を定め、約9か月かけて、スタートしたイギリスのサウサンプトンに帰着するたいへん過酷なレースである。このレースは2001年からは「ボルボ・オーシャンレース」と名前を変えている。1866年から行われている大西洋横断レース、1906年からの太平洋横断レースなどもある。日本を舞台にした国際レースには、オーストラリアのメルボルンをスタートし大阪にフィニッシュする2人乗りレース「メルボルン-大阪ダブルハンドレース」(4年ごとに開催)や、ニュージーランドのオークランドをスタートし福岡市小戸(おど)ヨットハーバーにフィニッシュする太平洋縦走レースなどの長距離レースがある。
 おもな国内レースには、50年以上の歴史をもつパールレース(三重県五ヶ所湾(ごかしょわん)―神奈川県江ノ島(えのしま))や大島レース、毎年開催されるジャパンカップ、2年ごとに行われる沖縄-東海レースなどがある。現在は中断しているが、永年にわたり行われたジャパン-グアムレース、小笠原レース、沖縄-東京レース等もあった。また、大型艇の日本チーム(ナショナルチームあるいはクラブチーム)も、「ニッポンチャレンジ」チームによるアメリカズ・カップへの挑戦をはじめとして、世界的に有名な国際レースに数多く参加している。[小沢吉太郎・米澤 一・柴沼克己]
日本セーリング連盟
1999年(平成11)4月1日、日本ヨット協会、NORCの両団体が統合して誕生、すべてのセーリング・ヨットを統括している。
 日本ヨット協会は1932年(昭和7)11月27日、関東、琵琶湖(びわこ)、福岡などの日本人ヨットマンたちによって設立された。協会はヨット普及のため、国際級としてはもっとも小さいモノタイプ12フィート・A級ディンギー(当時で約100円)と全長5メートルの規格級を公認艇として、日本選手権レースを行った。1936年には、ドイツ・ベルリンで行われた第11回オリンピックにヨット選手を派遣し、1946年(昭和21)には、第二次世界大戦の戦禍を免れた少数の艇で第1回国民体育大会のヨットレースを琵琶湖で行うなど、目覚ましい活躍をみせた。1964年には東洋一の江の島ヨット・ハーバーを得て、第18回オリンピック東京大会を成功させた。その後、ヨット界は急速に国際化が進み、頻繁に国際レースに出場するようになった。1979年には国際470級で甲斐幸(かいみゆき)・小宮亮(こみやりょう)組が、1987年には国際FJ級で長谷川貢一(はせがわこういち)・島津孝行(しまづたかゆき)組が世界選手権を獲得したのをはじめ、徐々に世界的レベルに達し、とくに女子国際470級の重由美子(しげゆみこ)・木下(きのした)アリーシア組は1992年(平成4)オリンピック・バルセロナ大会5位、1996年オリンピック・アトランタ大会では銀メダルを獲得し、日本ヨット界初のメダリストとなった。2004年オリンピック・アテネ大会では男子470級で、関一人(せきかずと)・轟賢二郎(とどろきけんじろう)組が銅メダルを獲得した。
 一方、NORCは1954年の設立以来、外洋艇に関する技術の向上、安全確保、外洋レース等を通して海事思想の高揚に寄与してきたが、統一団体ISAFとなってからは外洋部門の事業を継承することとなった。パールレース、ジャパンカップ、沖縄-東海レース等の外洋レースを主催している。
 2011年(平成23)の時点では、連盟は47都道府県のセーリング・スポーツ団体と16の外洋艇を統轄する団体を組織団体とし、艇種別協会、学生連盟や社会層別ヨット団体、クラブなど69の団体を内包している。[小沢吉太郎・米澤 一・柴沼克己]

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