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ラスール朝 ラスールちょうRasūl

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ラスール朝
ラスールちょう
Rasūl

イエメンにあったイスラム王朝 (1230~1453) 。ラスールとは使者の意味で,アッバース朝カリフの使者としてイエメン地方に派遣されてきたトルコ系の人物が興した王朝。 1174年からイエメン地方はエジプトのアイユーブ朝の支配下にあったが,その軍隊を追放して同朝は興った。山岳地帯は伝統的にザイド派勢力の強い地方であったため,当初は海岸地帯を根拠地とし,次第に勢力を山岳地帯,ハドラマウトおよびヘジャズに伸ばし,一時はメッカをも支配下においた。同朝は,中国,インドと地中海地方との貿易の中継地として栄えたが,15世紀に入ると内戦のため,その勢力は衰え,やがて滅亡した。

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世界大百科事典 第2版の解説

ラスールちょう【ラスール朝 Rasūl】

イエメン地方を支配したイスラム王朝。1229‐1454年。1229年,ウマル‘Umar(在位1229‐50)はアイユーブ朝より独立して,ザビードZabīdに首都を定め,メッカからイエメン,ハドラマウトに至る広大な領域を支配下に置いた。ラスール朝は,山岳部に勢力をもつザイド派の諸勢力やアラブ遊牧諸部族の侵略,エジプトのマムルーク朝軍隊のイエメン遠征などによって,たえずその存亡の危機に陥った。それにもかかわらず同朝の政権が200年以上に及ぶ長期にわたって存続しえたのは,バーブ・アル・マンデブ海峡やアデン,シフルなどの国際運輸と貿易活動の重要拠点を管理・統制下に収めて豊かな財政収入を得ていたからである。

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