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レルパチェン Ral ba can

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

レルパチェン
Ral ba can

[生]806
[没]841
古代チベットの王 (在位 815~841) 。本名はティツク・デツェン。 822年に唐と和平条約を結び,659年以来続けられた中国との戦いを終息させた。また仏教を尊信し,教団を厚遇して訳経事業や寺院の建立に力を注ぎ,反仏教勢力との対立を深めて暗殺されたという。「有髪の僧」という意味で俗にレルパチェンと呼ばれた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

レルパチェン
れるぱちぇん
Ral pa can
(806―841)

ソンツェンガンポ王に始まる吐蕃(とばん)(チベット)王朝の第9世。治世は815年から841年。正式にはチツクデツェンKhri gtsug lde brtsanといい、レルパチェン(長髭(ながひげ))とはその風貌(ふうぼう)につけられたあだ名。祖父チソンデツェン王(第6世)の時代に仏教がインド、中国両国より本格的に導入され、その後破仏状態に陥ったが、父である崇仏王チデソンツェンKhri lde srong brtsan(在位798~815)の後を受けてその事業を継承し、仏教国家としての古代チベット王朝の基盤を築いた。821年、唐との戦争状態を終結させ(唐蕃(とうばん)会盟)、訳経事業に力を注ぎ、チベット最初の訳経目録『デンカルマ』を完成させた。また過剰ともいえる仏教保護政策をとり、ウンチャド大寺院など多くの学堂を建立するなど、仏教興隆に力を入れたが、和平による経済停滞と、教団への乱費によって国力が疲弊した。その結果、国論の分裂を招き、最後は心の病によって没したとも暗殺されたともいわれる。[沖本克巳]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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