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ローデシア・ニヤサランド連邦 ローデシアニヤサランドれんぽう Federation of Rhodesia and Nyasaland

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世界大百科事典 第2版の解説

ローデシアニヤサランドれんぽう【ローデシア・ニヤサランド連邦 Federation of Rhodesia and Nyasaland】

中央アフリカ連邦Central African Federationともいい,いずれもイギリス領であった南部アフリカ南ローデシア(現,ジンバブウェ)が北ローデシア(現,ザンビア)およびニヤサランド(現,マラウィ)と合体して1953年に成立した。南北ローデシア合体案は,すでに第1次大戦中に南ローデシアの白人入植者によって南アフリカ連邦(現,南アフリカ共和国)への併合を拒否する政治的動機から主張された。

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All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内のローデシア・ニヤサランド連邦の言及

【ザンビア】より

…大恐慌後,銅の生産は著しく伸び,北ローデシア経済の大宗となった。南ローデシアの白人入植者はこの資源に着目し,イギリス領ニヤサランド(現在のマラウィ共和国)のアフリカ人労働力と合わせて3植民地で連邦を結成することを計り,イギリスとアフリカ人の反対を押し切って53年にローデシア・ニヤサランド連邦を結成した。白人の利益を優先する連邦結成にアフリカ人は反対し,H.ヌクンブラがアフリカ人民族会議(ANC)を結成,カウンダも参加した。…

【ジンバブウェ】より

…しかしアフリカ人は人種差別法によって政治参加への道を事実上閉ざされ,また経済的にも従属的な地位におかれ,以後ジンバブウェの独立までこの状態が続くことになった。第2次大戦後,南ローデシアの白人政権は,北ローデシアの銅とニヤサランド(現,マラウィ)の労働力に着目して3植民地の連邦化を推進,53年ローデシア・ニヤサランド連邦を結成した。 60年代に入って,他のアフリカ植民地が次々に独立し,また63年に連邦が解体するに伴い,南ローデシアの白人政権は少数白人支配体制における独立をめざして宗主国イギリスと交渉に入った。…

【マラウィ】より

…これは国内に鉱産物などの資源が必ずしも豊かでなかったことにもよるが,セシル・ローズのイギリス南アフリカ会社の支配権がこの地域にまでなかなか及ばなかったためでもある。その後南ローデシア(現,ジンバブウェ)の白人政府が北ローデシア(現,ザンビア)との合体を計画したとき,イギリス政府はそれにニヤサランドを加えて53年にローデシア・ニヤサランド連邦(通称イギリス領中央アフリカ連邦)を設立した。連邦時代のニヤサランドは,茶のプランテーションなど多少の外貨獲得産業をもっていたが,大部分は南北ローデシアや南アフリカ共和国への出稼労働者からの本国送金によってかろうじて生活を維持していた。…

※「ローデシア・ニヤサランド連邦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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