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ローマ帝国 ローマテイコク

デジタル大辞泉の解説

ローマ‐ていこく【ローマ帝国】

西洋古代最大の帝国。前8世紀ごろ、ラテン人がテベレ川下流域に建てた都市国家に始まり、王政、のち共和政(前509~前27)を経て、前27年、内乱を収拾したオクタビアヌスの即位により帝政に移行。最盛期の五賢帝時代(96~180)その版図は最大となり、東は小アジア、西はイベリア半島、南はアフリカの地中海沿岸、北はブリテン島に及ぶ大帝国となった。2世紀末から衰退し、395年東西に分裂。東ローマ帝国は1453年まで続くが、西ローマ帝国は476年、オドアケルに滅ぼされた。学術・芸術ではギリシャの模倣の域を出なかったが、法制・軍事・土木面にすぐれ、後世に大きな影響を与えた。
[補説]帝政開始から西ローマ帝国の滅亡までを古代ローマ帝国、それ以降を中世ローマ帝国とも称する。

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大辞林 第三版の解説

ローマていこく【ローマ帝国】

古代、地中海沿岸地方を中心にその周辺地域を版図としたラテン人の帝国。紀元前八世紀頃、イタリア半島のテベレ河畔に建設された古代都市国家に始まる。紀元前272年イタリア半島を統一し、ポエニ戦争に勝利して地中海沿岸一帯を支配。その後内乱が続くがオクタビアヌスが平定し、紀元前27年帝政を開く。以後約200年間パクス-ローマーナ(ローマの平和)が続いた。五賢帝の時代、その版図は最大となり、大西洋岸から小アジアに及んだ。三世紀に入ると政争・反乱が相次ぎ、395年ビザンツ帝国と西ローマ帝国に分立。その文化は芸術面ではギリシャの影響の域を出なかったが、実際面ではすぐれた特色を示し、特に土木・建築・法制に傑出した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ローマ帝国
ろーまていこく

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世界大百科事典内のローマ帝国の言及

【皇帝】より

【大庭 脩】
[ヨーロッパ]
 明らかに王国の規模を超えた古代オリエント〈帝国〉の支配者の名称には,たとえば,古代ペルシア語の,xšāyaoiya xšāyaoiyānam(諸王のなかの王。たとえば,ギリシア語のbasileus,basileōn,ペルシア語のshāhānshāhに相当)のようなものがあるが,中世以来ヨーロッパで問題となる,王に優越するものとしての皇帝という名称はローマ帝国に由来する。その場合,ロマンス語およびケルト諸語ではインペラトルimperator,ゲルマン語およびバルト・スラブ語ではカエサルcaesarという,いずれもラテン語の名称が用いられている(ギリシア語については,以下の(3)参照)。…

【神聖ローマ帝国】より

…中世西ヨーロッパのキリスト教世界は,教皇皇帝という二つの中心をもつ楕円のような世界であった。そこでは,ローマ教皇を頂点とする教会が〈キリストの神秘体〉と考えられ,組織全体として〈聖なるローマ教会sancta Romana ecclesia〉とよばれたのに対応して,かかる教会の防衛を任務とする皇帝によって支配される超国家的領域は,〈ローマ帝国〉〈神聖帝国〉ないし中世中期以降は〈神聖ローマ帝国〉とよばれた。そして,この名称は,皇帝の中世的超民族支配が国民国家の台頭の前に消滅したのちにもなお残存し,近世ドイツ帝国の呼称として1806年まで用いられた。…

【奴隷制社会】より

…経済制度または労働組織としての奴隷制度を基盤とする社会。およそ人間社会は,その社会を存続させるに必要な物質の生産を基盤とし,法制的・社会的・宗教的な上部構造に至るまで有機的に結合した,統一的な人間関係としてのみ存在した。具体的には血縁集団としての部族や部族連合や民族として存在し,階級制度を枢軸とする社会では国家機構によって包括されるという形をとったが,階級制度と国家を生み出している社会のなかで,奴隷制社会と規定すべき社会は,いうまでもなく主要生産分野における基底的生産構成体として奴隷制度を見いだすような社会に限られなければならない。…

【西ローマ帝国】より

…395年から476年までのローマ帝国西方を指す名称。英語ではWestern Roman Empire。…

【ビザンティン帝国】より

…古代ローマ帝国の中世における連続体(ただし首都はコンスタンティノープル。旧称ビュザンティウム)に対して,前者と区別する意味で後代につけられた名称。…

【ローマ】より

… 地中海世界は,古代オリエント文明,ギリシア文明,ラテン・ローマ文明などの高度先進文明から,いまだ金石併用的技術水準にある種族までを含む,発展度の異なる諸民族によって構成される広大な地域(ローマ滅亡後,ローマが統一した世界は再び一つの政治的統合を与えられることはなかった)を包括したという点で,全地球を覆う現代世界と多くの構造的類似性をもっている。その意味で,ローマ帝国と〈ローマの平和〉,それによってつくり出された地中海世界は,現代世界における支配と平和を考えるために絶好の思考実験の場であり,その点に現代におけるローマの世界史的意味がある。 以下においては,ローマの歴史をいわゆる西ローマ帝国の滅亡の時点まで概観するとともに,国家および社会・文化の諸相を個別的主題の下に眺めることとする。…

※「ローマ帝国」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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