一丁田町(読み)いつちようだちよう

日本歴史地名大系 「一丁田町」の解説

一丁田町
いつちようだちよう

[現在地名]小田原市ほん町二丁目・はま町一丁目

青物あおもの町の北、台宿だいじく町の南、甲州道沿いの脇町。天正一九年(一五九一)一月二二日の板倉勝重・加加爪政尚連署状(相州古文書)に「中村善四郎屋敷壱町田ニ被下候」とある。翌年の加加爪政尚書状(同書)には「小笠原八間廿間、此年貢壱貫八文、中村善四郎屋敷にて候」、さらに貞享二年(一六八五)の小田原町明細書上(県史九)には「小笠原小路ハ、只今之唐人町ニ侍屋敷ニ成候」とあることから、戦国時代に成立した町人地の壱町田の中にあった小笠原おがさわら(小笠原小路)が、万治年間(一六五八―六一)頃に分離して唐人とうじん町として武家地に編入したと推定される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む