一丁田町(読み)いつちようだちよう

日本歴史地名大系 「一丁田町」の解説

一丁田町
いつちようだちよう

[現在地名]小田原市本(ほん)町二丁目・浜(はま)町一丁目

青物(あおもの)町の北、台宿(だいじく)町の南、甲州道沿いの脇町。天正一九年(一五九一)一月二二日の板倉勝重・加加爪政尚連署状(相州古文書)に「中村善四郎屋敷壱町田ニ而被下候」とある。翌年の加加爪政尚書状(同書)には「小笠原町者八間廿間、此年貢壱貫八文、中村善四郎屋敷にて候」、さらに貞享二年(一六八五)の小田原町明細書上(県史九)には「小笠原小路ハ、只今之唐人町ニ而侍屋敷ニ成候」とあることから、戦国時代に成立した町人地の壱町田の中にあった小笠原(おがさわら)町(小笠原小路)が、万治年間(一六五八―六一)頃に分離して唐人(とうじん)町として武家地に編入したと推定される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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