一宮藩陣屋跡(読み)いちのみやはんじんやあと

日本歴史地名大系 「一宮藩陣屋跡」の解説

一宮藩陣屋跡
いちのみやはんじんやあと

[現在地名]一宮町一宮

文政九年(一八二六)一万八千石の伊勢八田藩主加納久儔が上総長柄ながら一宮本郷いちのみやほんごう村に置いた陣屋の跡。陣屋を上総に移したのは幕府の関東地方支配の強化策に関連するとされる。天保一三年(一八四二)から二代久徴、元治元年(一八六四)から久恒、慶応三年(一八六七)久宜と家督を襲封。藩は一宮海岸に武士溜陣屋を設け、洋式兵法を採用して訓練を行った。これは藩士のみならず一宮の商人一ッ松ひとつまつ(現長生村)漁師なども足軽などとして組織化され、事あれば詰めることになっていたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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