日本大百科全書(ニッポニカ) 「一粒の麦もし死なずば」の意味・わかりやすい解説
一粒の麦もし死なずば
ひとつぶのむぎもししなずば
Si le grain ne meurt
フランスの作家アンドレ・ジッドの自叙伝。1920年に上巻12部、翌年に下巻13部が著者秘蔵本としてつくられたが、26年にようやく公刊された。幼年期から26歳で婚約するまでの回想で、自分の欠点や悪癖が吐露されているので、周囲の者は極力刊行中止を勧めたが、彼は敢然として公刊した。彼の自己愛や同性愛の趣味がいささかのためらいもなく語られていると同時に、彼の一生を通じて変わることのなかった美しいものや弱い者に対する共感や憐憫(れんびん)などが、その萌芽(ほうが)の状態において語られている。その点において、彼の複雑きわまりない精神や作品を研究するうえに絶対欠くことのできない作品である。
[新庄嘉章]
『堀口大学訳『一粒の麦もし死なずば』(新潮文庫)』