一色次郎(読み)イッシキ ジロウ

20世紀日本人名事典 「一色次郎」の解説

一色 次郎
イッシキ ジロウ

昭和期の小説家



生年
大正5(1916)年5月1日

没年
昭和63(1988)年5月25日

出生地
鹿児島県沖永良部島

本名
大屋 典一(オオヤ テンイチ)

主な受賞名〔年〕
太宰治賞(第3回)〔昭和42年〕「青幻記」,菊池寛賞〔昭和49年〕,サンケイ児童出版文化賞〔昭和50年〕「サンゴしょうに飛び出せ」

経歴
3歳の時父が沖永良部島の抗争事件に巻き込まれ獄死。母とも生別。鹿児島市に移った祖父にひきとられる。21歳の時上京結核で島に帰って死んだ母への思いを綴った「青幻記」で昭和42年太宰治賞受賞。また、西日本新聞東京支社時代の日記をもとにした「日本空襲記」を出版、早乙女勝元らと「東京大空襲・戦災誌」を編集して、49年菊池寛賞を受けた。53年には女性死刑囚をテーマにした小説「魔性」を書き、仏文学者・白井浩司ら5人の文化人グループで「死刑廃止をすすめるつどい」を結成。講演会、出版活動を通して世論づくりを進めた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「一色次郎」の解説

一色次郎 いっしき-じろう

1916-1988 昭和時代後期の小説家。
大正5年5月1日生まれ。佐佐木茂索知遇を得,戦後執筆生活にはいる。昭和42年「青幻記」で太宰治(だざい-おさむ)賞。「東京大空襲・戦災誌」を早乙女(さおとめ)勝元と編集し,49年菊池寛賞。幼時に父が無実の罪で獄死したいきさつがあり,死刑廃止運動に尽力した。昭和63年5月25日死去。72歳。鹿児島県出身。本名は大屋典一。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「一色次郎」の解説

一色 次郎 (いっしき じろう)

生年月日:1916年5月1日
昭和時代の小説家
1988年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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