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万代屋宗安 もずや そうあん

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美術人名辞典の解説

万代屋宗安

安土桃山時代の茶人。堺の人。万代屋宗二の子、千利休の女婿。姓は渡辺、名は新太朗、別号に竹渓・一咄斎。利休門下で傑出し、豊臣秀吉の茶頭・御伽衆を務めた。利休没後は孫の千宗旦の庇護に努めた。文禄3年(1594)歿、享年未詳。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

万代屋宗安 もずや-そうあん

?-1594 織豊時代の茶人。
堺の人。千利休の娘婿で,妻は一説に吟。豊臣秀吉につかえて茶頭(さどう)八人衆のひとりとなる。名物の抛頭巾(なげずきん)茶入,九重の茶壺,牧谿(もっけい)の布袋(ほてい)の絵などを所持した。文禄(ぶんろく)3年死去。姓は渡辺。通称は新太郎。号は竹渓。

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

万代屋宗安

没年:文禄3.4.24(1594.6.12)
生年:生年不詳
安土桃山時代の堺の富商,茶湯者。千利休の女婿。姓は渡辺,通称新太郎。竹渓,一咄斎と号した。父は了二。妻の名は創作だが万代屋お吟として知られる。義兄弟の千道安,少庵,利休の甥の千紹二と共に利休の大徳寺三門金毛閣造営に尽力した。金毛閣は利休が自像を安置したことで知られる。道安の娘が子の宗貫と婚姻し,宗賢(高畠重右衛門)を設けた。経済都市堺の実力者であり,村田珠光伝来の投頭巾の茶入を秀吉に献上することで利休の助命を企図したが成功しなかった。博多の興隆に対する堺の凋落を象徴するといえる。好みの釜「万代屋釜」,所持の名物裂に「万代屋緞子」がある。堺の南宗寺に供養塔が存する。<参考文献>『堺市史』

(戸田勝久)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の万代屋宗安の言及

【宗安小歌集】より

…他に伝本はなく,孤本である。1931年に笹野堅が《室町時代小歌集》と名づけて刊行紹介したが,編者の宗安が茶人万代屋(もずや)宗安であること,手書者三休が久我大納言敦通であることが考証され,本書の成立が1599年(慶長4)以後数年の間であると推定されるに及んで,書名の呼称も改められた。所収歌謡は主として男女の愛をうたった221首(うち2首重複),《閑吟集》と類歌関係にあるもの40首余りであるが,律調においてしだいに新しさを加え,同時代の《隆達小歌》(隆達節)とともに近世調への展開を跡づけている。…

※「万代屋宗安」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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