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牧谿 もっけいMu xi

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

牧谿
もっけい
Mu xi

中国,南宋末,元初の禅僧,画家。「ぼっけい」ともいう。蜀 (四川省) の人。若くして浙江に移り,宋末の名僧無準師範 (ぶしゅんしばん) の門に入ったらしい。西湖六通寺の開山になったという日本での伝説と,宋末の権臣,賈似道を中傷して怒りを買ったという話などから,単なる画僧ではなかったようである。友人には無文道燦,道士馬臻など,彼の絵に接した人には宋末の名僧虚堂智愚がいる。彼の伝記は元末の文人呉太素の撰した『松斎梅譜』にやや詳しく,浙江出身の文人鑑賞者や,明末の一部の人々によって高く評価された。道釈人物,山水,梅竹図を得意とし,甘蔗の絞りかすや草を画筆代わりとした水墨画法は粗放で逸格性が強い。同時に宋末に流行した罔両画 (もうりょうが) の技法をもよくし,淡墨を使って仏画,祖師図などを描いた。作品の多くは日本に伝来し,水墨画に著しい影響を与えた。代表作には『観音猿鶴図』 (大徳寺) ,伝称作品には宋末の水墨山水画を代表する『瀟湘八景図』断簡4幅 (根津美術館,畠山記念館など) がある。

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デジタル大辞泉の解説

もっけい〔モクケイ〕【牧谿】

中国、宋末から元初の画僧。蜀(しょく)(四川省)の人。法名は法常。牧谿は号。西湖畔六通(りくつう)寺の開山と伝える。山水・道釈・花卉(かき)ほか幅広い題材の水墨画を描いた。中国ではその画法古法に合わないため一部では批判視されたが、日本では鎌倉末期以来珍重され、室町期の水墨画に多大な影響を与えた。代表作「観音猿鶴図」。生没年未詳。

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百科事典マイペディアの解説

牧谿【もっけい】

中国,宋末元初の画僧。生没年不詳。法名は法常。蜀(四川省)出身で,無準師範(1249年没)の下で禅を修め,杭州西湖の六通寺の開山となり,元初の至元年間(1264年―1294年)に没した。
→関連項目可翁花鳥画愚渓右慧瀟湘八景能阿弥長谷川等伯黙庵蘿窓梁楷

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世界大百科事典 第2版の解説

もっけい【牧谿 Mù xī】

中国,宋末・元初の禅僧画家。生没年不詳。法諱(ほうき)は法常,牧谿は号である。蜀(四川省)の人。伝記は不明な点が多いが,禅の師匠は同郷の無準師範で,西湖六通寺の開山となったという所伝がある。南宋の権臣賈似道(かじどう)を非難したためその勘気にふれ,越(浙江省)の丘氏のもとに逃れたことなどから,単なる禅僧ではなく,文人としての素養のあった人物と考えられる。牧谿の絵画は一部の批評家からそしられているが,実際の名声はかなり高く,蘿窓(らそう)のような亜流画家を生み,偽物も作られるほどであった。

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大辞林 第三版の解説

もっけい【牧谿】

中国、宋末・元初の画僧。法名は法常、牧谿は号。西湖六通りくつう寺の開山という。多岐にわたる水墨画を描いたが当時興った文人画の系列でなく軽視された。日本へは早くから伝わり、日本水墨画に多大な影響を与えた。大徳寺伝来の「観音・猿・鶴」三幅図ほか伝称作も含め多くが伝わる。生没年未詳。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

牧谿
もっけい

生没年不詳。中国、宋(そう)末元(げん)初(13世紀後半)の画家。蜀(しょく)(四川(しせん)省)出身の禅僧で、法諱(ほうき)は法常、牧谿は号である。杭州西湖(こうしゅうせいこ)畔の六通寺(りくつうじ)の開山となり、賈似道(かじどう)(南宋末の宰相で、書画古器物の収蔵家としても知られている)を非難して追捕(ついぶ)を受け、越(えつ)(紹興)に難を避けたといわれる。その作品は日本に多く伝わり、わが国では鎌倉時代から評判のよい画家だが、中国では、北居簡(ほっかんきょかん)、癡絶道冲(ちぜつどうちゅう)、虚堂智愚(きどうちぐ)などの高名な禅僧との交友はあったものの、一部悪評を被っていた。元代の『図絵宝鑑(とかいほうかん)』には次のように載る。「悪無古法、非雅玩」、すなわち粗雑で古法を踏まず、優雅さや深みを欠くということである。一方、室町時代の『君台観左右帳記(くんだいかんそうちょうき)』には「上々、法常、号牧谿、無準(ぶしゅん)之弟子也、竜虎狷雀蘆雁山水樹石人物花果折枝」として、牧谿は上々の部に入るとしている。日本ではその芸術をきわめて高く評価し、将軍足利義満(あしかがよしみつ)をはじめとして、歴代鑑賞の対象としてきたのである。
 牧谿の芸術の特色は、第一に濃厚な空気の表現を行った点にある。これは、彼が江南の湿潤な地にその活躍の場をもっていたということと同時に、水墨による滲(にじ)みぼかしの効果を十分に理解していたということである。第二は、柔らかな線による対象の的確な把握で、この二つが相まって、高い精神性と本質の理解を深める客観性のある絵画を出現させた。代表作は三幅対『観音猿鶴(かんのんえんかく)図』(国宝、京都・大徳寺)で、東洋画最高作品の一つに数えられる。[近藤秀実]

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世界大百科事典内の牧谿の言及

【山水画】より

…この百数十年間は,政治的要因によって強いられた南北対立の時代であると同時に,対立する南北のそれぞれに絵画史的な意味での南北対立が見られる複雑な時代でもあった。例えば,南宋四大家が北宋山水画の大観的な空間表現を単純化し,より限定された表現素材の組合せによるものに変えていったのに対して,造形素材の効果を重視する方向は北宋山水画の空間構成を一部で継承しつつ,なお牧谿,玉澗らの禅余画家によって探究されていったのである。 続く元の時代は,その意味で,自己の伝統を伝統として自覚し再把握すべき時期であった。…

【大徳寺】より

…寝堂の斜め後方にある方丈(1636,国宝)は近世初期における大規模な禅宗方丈の好例で,内部には狩野探幽筆で《山水図》《禅会図》など83面からなる障壁画(重要文化財)がある。なお本坊の宝物のうちには,日本に伝わる牧谿(もつけい)の代表作として有名な《観音図》《猿鶴図》(ともに南宋時代,国宝),建武1年(1334)の自賛のある《大灯国師像》(国宝)や,後醍醐天皇宸翰置文(1333,国宝)などがある。 山内には24院の塔頭が伽藍の南,北,西に分布する。…

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