三大寺村(読み)さんだいじむら

日本歴史地名大系 「三大寺村」の解説

三大寺村
さんだいじむら

[現在地名]水口町三大寺

牛飼うしかい村の北方に位置し、東をそま川が北西流、南は飯道はんどう山に続く山地。緩やかな傾斜地に幾つかの垣内集落が形成される。三大寺の名は飯道寺・薬王やくおう寺・道徳どうとく寺の三古寺にちなむと伝える。なお集落の西方から飯道山への参道がある。中世池原杣いけがはらそま庄に属し、康永二年(一三四三)二月晦日の幸熊丸年貢契約状(文永元年外記日記裏書)に「池原杣内三大寺村」とみえる。地内には中世城館跡が残り、また延宝七年(一六七九)検地帳(三大寺区有文書)に城の内・城のこしの地名がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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