日本歴史地名大系 「三戸蔵役所跡」の解説
三戸蔵役所跡
さんのへくらやくしよあと
三戸城跡の西南の山脚、三戸代官所・野馬役所跡の北隣に位置する。現在の三戸電報電話局敷地。雑書の慶安三年(一六五〇)三月二日条に「三戸御蔵」とある。慶安御支配帳(岩手県史)には「三戸御米蔵」とあり、蔵奉行に西館四郎衛門・坂牛六左衛門が任ぜられている。城代が配置されていた頃から開設されていたものとみられ、三戸通から収納した米穀の管理を職掌とした。
天和二年(一六八二)の惣御代官所中高村付によれば、付属の蔵は三棟であった。各蔵の規模は横六間・長さ一六間、横四間・長さ七間、横三間・長さ五間。慶応三年(一八六七)の三戸通御代官所惣構見取図(三戸町立歴史民俗資料館蔵)では蔵役所のほかに米蔵・大豆蔵・硝石蔵がみえる。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報