日本歴史地名大系 「三拝河岸」の解説 三拝河岸さんばいがし 栃木県:小山市三拝河岸村三拝河岸[現在地名]小山市三拝川岸思(おもい)川東岸にあり、姿(すがた)川の半田(はんだ)河岸に近接、思川上流の飯塚(いいづか)河岸、下流の島田(しまだ)河岸との間に位置する。「下野一国」に三倍河岸とみえ、慶安四年(一六五一)までに成立していた。小山町から一七町二〇間、大光寺(だいこうじ)河岸(現栃木市)までは一里一三町であった。貞享五年(一六八八)には当河岸積荷問屋重左衛門が上古山(かみこやま)村(現下都賀郡石橋町)源七より年貢米七二一俵余を請負い、江戸浅草へ船積輸送している(「請負手形」伊沢新右衛門文書)。宝暦八年(一七五八)の友沼河岸船数改書上(菅谷家文書)では、問屋重左衛門は近隣に知行地をもつ旗本遠山・石谷・駒木根三氏の高瀬船各一艘ずつを預り、友沼(ともぬま)河岸(現下都賀郡野木町)の又兵衛のもとに置き江戸へ往来している。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by