日本歴史地名大系 「三星村」の解説 三星村みぼしむら 島根県:益田市三星村[現在地名]益田市神田町(かんだちよう)高津川中流域右岸に位置し、南は青原(あおはら)村(現日原町)、北は寺垣内(てらがいち)村。地名は牽牛・織女・箕星の伝承に由来する(石見八重葎)。江戸時代の支配の変遷は持石(もちいし)村と同じ。古高八四石余、寛永一四年(一六三七)の検地高一七五石余(万手鑑)。正保国絵図では高八四石余。明和二年(一七六五)秋、大庭又三郎は当村から寺垣内村に溝を掘って新田を開発し、同四年には三星村塞流れの畳越を完工した(益田市史)。明治四年(一八七一)の総高三二一石余、反別五六町五反余(万手鑑)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by