三納郷(読み)みのうごう

日本歴史地名大系 「三納郷」の解説

三納郷
みのうごう

古代児湯こゆ郡三納郷(和名抄)を継承する中世郷。現西都市三納を遺称地として一帯に比定される。箕納などとも書く。建久図田帳では臼杵郡の平家没官領三ヵ所のうちの一として「三納郷四十丁」とみえ、この三ヵ所は鎌倉幕府御家人で蔵人所衆の宇都宮信房に与えられ、地頭には在国司職や多くの地頭職をもつ土持信綱が任じられていた。永徳三年(一三八三)一一月二八日、日下部盛秀は子供がいなかったため給分である当郷内「小あさはミ寺迫」(分米二石二斗五升、反別二五〇文)の水田三反を甥の彦三郎に譲っている(「日下部盛秀譲状」郡司文書)

三納郷
みのうごう

和名抄」所載の郷。同書は諸本とも訓を欠く。「太宰管内志」は「美奈波」、「大日本地名辞書」はミナフと読む。「日本地理志料」は三納・加勢かぜ上三財かみさんざい・下三財と三宅みやけ(以上現西都市)の一部を想定。「大日本地名辞書」「日向国史」はともに三納村三納(現西都市三納)をあげ、「大日本地名辞書」は三宅郷に接する山村としている。同書は美禰(美弥)駅があることから納は禰の誤りかともする。当郷は一ッ瀬川の支流三納川の流域にあたる現西都市三納を中心とする地域に比定できる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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