上の平城跡(読み)うえのだいらじようあと

日本歴史地名大系 「上の平城跡」の解説

上の平城跡
うえのだいらじようあと

[現在地名]箕輪町大字東箕輪 南小河内

一之沢いちのさわ川の北、東より西に延びる舌状の山麓台地の突端に位置する。北側には知久沢ちくさわ川が流れているので三方が崖に囲まれた平山城である。数条の空堀により数個の郭に分けられ中央の郭に井戸の跡が二つある。一帯から縄文の土器片が出るほか、鉄刀・鉄鏃・鎌などをはじめ像高七センチの金銅の誕生仏が出土している。城の北方山麓に沿って延寿院跡・八幡宮跡・日輪寺などがある。付近の地名としては本城ほんじよう東木戸ひがしきど追手口おうてくち馬場ばんばかじばたなどがある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む