上の橋(読み)かみのはし

日本歴史地名大系 「上の橋」の解説

上の橋
かみのはし

紙(かみ)町にあり、中津(なかつ)川東岸と西岸とを結ぶ長さ三二間(二〇間とも)・幅三間の橋(盛岡砂子)。現在は東岸の上ノ橋町・紺屋(こんや)町と西岸の本町通(ほんちようどおり)一丁目とを結ぶ。中の橋・下の橋とともに中津川三橋と称され、現在のコンクリート橋は昭和一〇年(一九三五)の完成。寛永城下図に上之橋とみえるが、当時は本町東方の川原(かわら)町と紙町の間に架けられていた。「内史略」などによれば、慶長年間(一五九六―一六一五)の城下建設に際し、同一四年に大奉行の七戸隼人正直時(三千石)、普請奉行の野田弥右衛門(二〇〇石)、弓鉄砲同心頭の目時左馬助(三〇〇石)、大工美松長門らによって普請が行われ、同年に完成されたという(「聞老遺事」は文禄四年の完成とする)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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