上伏谷村(読み)かみふしだにむら

日本歴史地名大系 「上伏谷村」の解説

上伏谷村
かみふしだにむら

[現在地名]湯来町伏谷(ふしだに)

下伏谷村の南に位置し、東の東郷(とうごう)山の山系と阿弥陀(あみだ)山(八三七・一メートル)の間を流れる伏谷川の上流に開けた村。小伏原(こぶしわら)・大畑(おおばた)・郷(ごう)(伏郷)など盆地状の平地に集落が展開する。下伏谷村に飛地二ヵ所がある(「芸藩通志」所収絵図)。慶長六年(一六〇一)の検地帳(「廿日市町史」所収)には「ふし谷上村」とみえ、田方三五町一段余・分米四〇三石余、畠方二町八段余・分米一〇石余、屋敷一町余・分米一五石余で、畝数合わせて三九町余、高は合わせて四三〇石、家数七六と記す。広島藩領で明知・給知入交じり。

「芸藩通志」に「民紙抄、山業あり」とみえ、生業は農業のほかに紙漉・山稼を主とした。佐伯郡の「国郡志下調郡辻書出帳」に紙漉八六人と記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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