日本歴史地名大系 「上伏谷村」の解説
上伏谷村
かみふしだにむら
[現在地名]湯来町伏谷
下伏谷村の南に位置し、東の
「芸藩通志」に「民紙抄、山業あり」とみえ、生業は農業のほかに紙漉・山稼を主とした。佐伯郡の「国郡志下調郡辻書出帳」に紙漉八六人と記す。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
下伏谷村の南に位置し、東の
「芸藩通志」に「民紙抄、山業あり」とみえ、生業は農業のほかに紙漉・山稼を主とした。佐伯郡の「国郡志下調郡辻書出帳」に紙漉八六人と記す。
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