上南畑村(読み)かみなんばたむら

日本歴史地名大系 「上南畑村」の解説

上南畑村
かみなんばたむら

[現在地名]富士見市上南畑

大久保おおくぼ村の南、南東流する荒川と新河岸川に挟まれた沖積地にある。西は鶴馬つるま村、東は足立郡ほん(現大宮市)中世には南に続く下南畑村・南畑新田とともに難波田なんばたのうち。難波田は村山党の難波田氏の名字の地で、村山党金子六郎家範の孫小太郎某は難波田氏を称している(「村山党系図」諸家系図纂)。観応二年(一三五一)一二月一八日、足利直義方に属した難波田九郎三郎は武蔵府中へ向かう足利尊氏方の高麗経澄らを近隣の要所羽禰蔵はねくら(現浦和市)で迎え撃ち、討死した(正平七年正月日「高麗経澄軍忠状」町田文書)。応永七年(一四〇〇)一二月二〇日には鎌倉公方足利満兼から「入東郡内難波田小三郎入道跡」が武蔵国六郷ろくごう保内はら(現東京都大田区)の替地として鎌倉鶴岡八幡宮に寄進され(「足利満兼寄進状」鶴岡八幡宮文書)、同日下地を鶴岡八幡宮雑掌に渡すよう武蔵国守護代に命じる関東管領上杉朝宗の施行状(同文書)が出された。翌八年二月二九日には施行状に従い下地を雑掌に打渡したことが報告されている(「長尾藤景(か)打渡状」同文書)。この難波田小三郎入道跡は難波田のうちか。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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