上友生村(読み)かみとものむら

日本歴史地名大系 「上友生村」の解説

上友生村
かみとものむら

[現在地名]上野市上友生

「かみともお」とも読む。蓮池(はすいけ)村の西。「准后伊賀記」は「鞆尾」と書く。摺見(するみ)村山中に発し北流する古野(こうの)川と西流する久米(くめ)川に挟まれた盆地に集落がある。久米川に沿う道のほか、支流古野川の峡谷を経て比自岐(ひじき)村に出る道も古いと思われる。条里坪付を記す史料はないが、久米川北岸に小字四(よ)ノ坪(つぼ)があり、現一五二番地―一六〇番地辺りに長地形と推定される条里の遺構がみとめられる。

西川原(にしかわら)には明徳二年(一三九一)の西大寺諸国末寺帳(奈良西大寺蔵)に「福田トモノヲ長楽寺」と出る長楽(ちようらく)寺跡がある。貞享四年(一六八七)の「伊水温故」は大龍(だいりゆう)寺末とするが、寛延四年(一七五一)の「宗国史」にはなく、当時すでに廃寺同然かと思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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