日本歴史地名大系 「上和田砦跡」の解説
上和田砦跡
かみわだとりであと
[現在地名]岡崎市上和田町 城前
市域東部から延びる低段丘上に位置し、旧鎌倉街道を扼する地点にあり、この上和田の砦は戦国大名および三河一向一揆の攻防の拠点の一つとして知られる。織田信長の父信秀は尾張一国をその支配下に置き、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
市域東部から延びる低段丘上に位置し、旧鎌倉街道を扼する地点にあり、この上和田の砦は戦国大名および三河一向一揆の攻防の拠点の一つとして知られる。織田信長の父信秀は尾張一国をその支配下に置き、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...
7/28 化学辞典 第2版(森北出版)を更新
6/26 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
4/17 デジタル大辞泉プラスを更新
4/17 デジタル大辞泉を更新
2/17 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新