日本歴史地名大系 「上和田砦跡」の解説
上和田砦跡
かみわだとりであと
[現在地名]岡崎市上和田町 城前
市域東部から延びる低段丘上に位置し、旧鎌倉街道を扼する地点にあり、この上和田の砦は戦国大名および三河一向一揆の攻防の拠点の一つとして知られる。織田信長の父信秀は尾張一国をその支配下に置き、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
市域東部から延びる低段丘上に位置し、旧鎌倉街道を扼する地点にあり、この上和田の砦は戦国大名および三河一向一揆の攻防の拠点の一つとして知られる。織田信長の父信秀は尾張一国をその支配下に置き、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...