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戦国大名 せんごくだいみょう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

戦国大名
せんごくだいみょう

応仁の乱以降,室町幕府の威令が行われなくなり,守護大名の領国支配が崩壊し,これに代って地方に割拠して地域的封建支配を貫徹し,大名化していった守護代被官国人層を主体とする,いわゆる下剋上の結果成立した大名をいう。

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デジタル大辞泉の解説

せんごく‐だいみょう〔‐ダイミヤウ〕【戦国大名】

戦国時代、各地に割拠した大領主。国人土豪を家臣団に組織して一国の経済・政治を支配した。

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百科事典マイペディアの解説

戦国大名【せんごくだいみょう】

戦国時代,各地に領国を形成した大名。応仁・文明の乱後,守護大名を圧倒,あるいは守護大名から転化して領国の支配権を獲得した。家臣団の組織化,分国法戦国家法)の制定,検地の施行,城下町の建設,商工業の保護統制などを行って領国統治,軍事力強化に努め,領国の拡大を求め激烈な闘争を行った。
→関連項目秋田氏浅井氏朝倉氏足軽安東氏今川氏応仁・文明の乱家臣団久留美荘郡代斎藤氏相良氏実隆公記斯波氏守護代守護領国制城米新田開発大名多気城伊達氏日本野伏兵農分離毛利家文書毛利元就結城家法度楽市楽座

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世界大百科事典 第2版の解説

せんごくだいみょう【戦国大名】

戦国時代の争乱のなかで各地にその覇権を確立した地方政権。戦国大名は各地域の政治・経済・社会などの諸条件に規定され,また過渡的権力として,その出現の時期・規模・性格などさまざまな形態をとるが,一定規模の領域(典型的には一国以上)の人民・領土に主権を確立した大名をさす。戦国大名の多くは室町幕府より守護職を与えられており,形式的には独自の領国支配を強めつつある守護大名との区別が困難であるが,守護大名の領国支配権の源が幕府公権の分掌にあるのに対し,戦国大名は自己の力によって独立的国家を実現している点にその本質的相違がある。

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大辞林 第三版の解説

せんごくだいみょう【戦国大名】

戦国時代、各地に割拠して分権的な小封建国家を形成した大名。守護代や土豪が主家を倒して大名化した者が多かった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

戦国大名
せんごくだいみょう

戦国時代に全国各地に割拠した領域支配者。応仁(おうにん)の乱(1467~77)以後、室町幕府の全国統治の秩序と権威が崩れるとともに、幕府の権威によって地位を保っていた守護(しゅご)大名の領域支配も動揺し、在地で実力を蓄えてきた家臣が主家からその実権を奪う下剋上(げこくじょう)の動きが各地で強まり、1493年(明応2)の管領(かんれい)細川政元(まさもと)による将軍廃立事件をきっかけに、本格的な戦国時代に突入した。16世紀中ごろには、この動乱を実力で勝ち抜いたおもな戦国大名が出そろってくる。[村田修三]

戦国大名の出自

戦国大名の系譜としては、(1)守護大名自身が新しい動きに対応して、領国を再編成した駿河(するが)の今川、甲斐(かい)の武田、能登(のと)の畠山(はたけやま)、近江(おうみ)の六角(ろっかく)、周防(すおう)の大内、豊後(ぶんご)の大友、薩摩(さつま)の島津など、(2)守護代が主家にかわった越後(えちご)の長尾(上杉)、越前(えちぜん)の朝倉、備前の浦上(うらがみ)、阿波(あわ)の三好(みよし)、出雲(いずも)の尼子(あまご)など、(3)在地の国人(こくじん)層から台頭した三河の松平(徳川)、尾張(おわり)の織田、近江の浅井、備前の宇喜多(うきた)、安芸(あき)の毛利(もうり)、土佐の長宗我部(ちょうそがべ)などがあり、(4)さらに異色の出自として、他国から流れ着いて一代の間に大名となった相模(さがみ)の北条、美濃(みの)の斎藤の例がある。一般に戦国大名は、国人領主から成長した大名が典型例とされるが、守護大名出自の例が案外多いのは、大名権力のなかで守護権の占める比重が高いことを示している。
 戦国大名の数は、その内容の評価によって大きく異なるが、判物(はんもつ)を発給して独自の法圏を確保しえた領域支配者を数え上げると、優に100を超える。室町幕府が大名とみなしたのは、「永禄(えいろく)6年諸役人附(しょやくにんつけ)」に「大名在国衆(ざいこくしゅう)」と記された52人がいちおうの目安になる。これらのうち分国や領国とよびうる広域の支配秩序を樹立した大名は、前にあげた諸氏を中心とした延べ30氏余で、以下こういう代表的な事例についておもな特徴をあげることにする。[村田修三]

戦国大名の特徴

戦国大名を前代の守護大名と区別する大きな特徴は、「今川仮名目録(かなもくろく)」に「守護使不入と云事は、将軍家天下一同御下知(げち)を以、諸国守護職(しき)被仰付(おおせつけ)時之事也。守護使不入とありとて、可背御下知哉。只今はをしなべて、自分の以力量、国の法度(はっと)を申付、静謐(せいひつ)する事なれば、守護(戦国大名)の手、入間敷事(いるまじきこと)、かつてあるべからず。」とあるように、個別の領主の所領内に大名の支配を及ぼすことのできる超越的な領有権を確立したことである。その具体的な内容として、所領を知行(ちぎょう)として認定する権限を大名が独占し、その土地の高(たか)を把握するために検地を行い、高に見合った軍役を知行人に課し、知行人間の争いを裁く法廷とルールを確立し、決定の強制と抵抗の排除を行うための武力として直臣団をつくりあげ、以上の諸規定を公にした分国法を定める、といった事項をあげることができる。
 知行地は本領を安堵(あんど)した場合と新恩地を宛行(あておこな)った場合とで規制の程度が異なるが、前者も軍役を勤めなければ没収できる給地に変え、検地による高把握の進展と相まって均質化し、知行替えを推し進め、家臣の土地との結び付きをなくしていくのである。しかし、家臣には大名との主従関係の由来によって、譜代(ふだい)、外様(とざま)、国衆(くにしゅう)など多様な身分があり、国衆のなかには前述のような大名の規制の及ばない独立的な所領を維持する者が多い。彼らの軍役は盟約的な関係に依存しているために、不安定で叛服(はんぷく)常なく、戦国動乱を長引かせる一因となった。したがって戦国大名の施策の実行面は割り引いて考えなければならないが、彼らは領国の主要部分においては、治水灌漑(かんがい)、鉱山開発、市(いち)や交通規制などの施策でかなりの成果をあげて、かつてない生産力の掌握に成功し、それが大規模な築城や鉄砲隊の編成などの軍備増強を可能にしたのである。そして検地と知行替えに加えて、家臣の大名城下への集住が強まり、兵農分離の条件が生まれてきたことも否定できない。それゆえ戦国大名を近世的な権力の先駆けとみる見方もあるが、他方、検地によっても直接生産者を把握するに至らないところから、中世権力の最後の段階であるとする見解も有力である。[村田修三]
『藤木久志著『戦国社会史論』(1974・東京大学出版会) ▽永原慶二著『日本の歴史14 戦国の動乱』(1975・小学館) ▽永原慶二他編『戦国時代』(1978・吉川弘文館) ▽有光友学編『戦国権力と地域社会』(1986・吉川弘文館) ▽永原慶二監修『戦国大名論集』全18巻(1983~86・吉川弘文館)』

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世界大百科事典内の戦国大名の言及

【戦国時代】より

…しかし戦国時代に続く安土桃山時代の始期を信長の安土移転からとすれば76年説が浮上することにもなる。信長権力の歴史的性格について,伝統的な見解では,これを豊臣秀吉権力と一体的にとらえて戦国大名と区別する見方が強かったため,戦国時代の終期は68年とする説が有力であったが,近年では信長権力はなお諸他の戦国大名と異なるものではないとする説が有力なため,68年説よりも73年もしくは76年説が重視されているのである。 このように戦国時代の始期・終期については見解が分かれるが,いずれにせよこの時代はほぼ1世紀にわたる激動期であり,それはさらに前後の2時期に区分されよう。…

【大名領国制】より

…中世,守護大名戦国大名の領国支配体制。江戸時代の大名のそれも実質的には大名領国制の一形態というべきであるが,通常これは藩体制とよび,大名領国制から区別している。…

【分国法】より

…戦国大名が領国支配のため制定した基本法。戦国家法ともいう。…

【寄親・寄子】より

…親子関係に擬して結ばれた保護者・被保護者の関係。戦国大名の家臣団組織の中で,寄親は指南,奏者などとも呼ばれ,寄子は与力(寄騎),同心とも呼ばれた。邦訳《日葡辞書》では,寄親を〈ある主君の家中とか,その他の所とかにおいて,ある者が頼り,よりすがる相手の人〉,寄子を〈他人を頼り,その庇護のもとにある者。…

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